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貝原益軒アーカイブ

貝原益軒 大和本草(和装本は九州大学附属図書館所蔵)

目次
 
大和本草
[巻1][巻2][巻3][巻4][巻5][巻6][巻7][巻8][巻9][巻10][巻11][巻12]
[巻13][巻14][巻15][巻16]※すべてPDF形式
大和本草付録
[巻之一][巻之二]※すべてPDF形式
大和本草諸品図
[上][中][下]※すべてPDF形式
参考資料
博物学者としての貝原益軒

貝原益軒の著作としては「養生訓」がもっとも有名であるが、彼の主著は「大和本草」であろう。宝永6年(1709)に刊行された。80歳のときのことであった。彼は若いころ医学を学び、黒田藩には儒者として仕えたが、優れた本草学者でもあり、本格的な本草書を日本ではじめて書いている。これが「大和本草」である。本草はもともとは薬用植物についての学問である。中国の本草書で有名なのは、明代に書かれた「本草綱目」(1596)であり、本邦には1607年に渡来している。「大和本草」は本草綱目の分類法に益軒独自の分類を加えて、1362種について由来、形状、利用などを記載したものである。2巻の附録と2巻の図譜を合わせて全巻で20巻におよぶものである。単なる翻訳、翻案ではなく、長年かけた観察、検証の結果である。

大和本草には薬用植物だけでなく 薬用に使われる動物、鉱物も含まれている。薬品だけでなく農産物や加工食品も取り扱われ、利用価値のない雑草なども対象となっている。益軒によって本草学は単なる薬用植物学ではなく、博物学、物産学、名物学(文学や歴史書に記載されている動植鉱物の実体の研究)に拡大されたと言うことができる。その意味で本草学は生薬学であるとともに農産物加工学や調理学であり、博物学(natural history)でもある。博物学は分子生物学のように流行の学問ではないが、生物学の基本である。益軒は農業にたいして大きな関心をもち、やはり福岡の人である宮崎安貞が本邦最初の農業書「農業全書」(1697)を書くのに大きな影響を与えたと言われている。益軒は自宅の庭で花や野菜を作り、その経験を花譜、菜譜として刊行している。

中学や高校の生徒でも少し努力すれば本書の宝永6年版を読むことができる。20巻におよぶこの大著の概略はこの目次をクリックすることにより得られる。各巻の内容を眺めた上で、関連あるファイル名をクリックすると、PDF形式に転換された原書に移行することができる。4巻を一つのファイルにまとめ、各ファイルは約10MBの大きさになっている。それぞれのファイル内では「しおり」をクリックすることによって、自由に移動することができる。

大和本草は明治四十三年に益軒全集の一冊として刊行され、さらに昭和七年および十一年には白井光太郎博士(1863-1932)らにより校注が加えられて出版されている(499.9/KA21)。白井博士は東京帝大農学部名誉教授で、わが国の植物病理学の開祖であり、日本および中国本草学の権威であった。早くから天然記念物の保存を主張された。この本には和名、学名が与えられており、注が加えられている。白井博士による「博物学者としての貝原益軒」(益軒先生二百年祭のときの講演)は大和本草を理解するのに必読の文献である。

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