薬膳科学研究所

部門紹介

分子栄養学部門

研究領域の設定と薬膳の定義

本研究所の成果は管理栄養士の新しい学術基盤にならなければなりません。そのため、いくつかの研究方針を設定しています。その概要を図1に示します。食物の能力は栄養素に基づく栄養学が基盤になりますが、その研究は栄養科学研究として継続して行われています。食物の能力はそれだけではありません。

もう1つの食物の能力はヒトで生理機能を誘導することです。ただし、この領域の学術基盤は論文数に比べて非常に弱く、独立した学問にはなっていないと考えられます。この最も大きな原因は、細胞・試験管レベルの研究が動物、ヒトへの研究、さらには食生活レベルへの結びつきにおいて多くの場合、学術的につながっていないためです。その逆に食生活と健康の関係から掘り下げて、動物・ヒトでの研究、さらには作用メカニズムの解明に合理的な説明が難しい現状であります。その最も大きな問題は、細胞・試験管レベルの研究だけでは論外になりますが、古典的な薬理学上の問題として摂取量、血中有効濃度、血中最大濃度などとの関係が極めて矛盾しているように見えます。そのため、古典的な薬理学的な発想から抜け出して、新しい作用メカニズムをいくつかイメージした研究戦略の方が楽しい研究になるはずです。

例えば、味覚や嗅覚などと同じケミカルセンシングからの生理活性物質を考える研究者が現れてきているようですが、定説になりそうな論文はまだ見つかりません。このように食物と生理機能の誘導を矛盾なく合理的な説明がつくものを分子栄養学部門で薬膳食材と定義します。それ故、薬膳食材は機能性食品のように含有する化学成分を単位とする生理活性ではなく、自由摂取による食物摂取量での1つの食物単位により生理作用を誘導できる食物と定義できます。さらにそのような食物の研究が学術論文としてPubMedに掲載されたところで薬膳食材になります。このような薬膳食材が10品でもあれば、栄養摂取を絡ませると健康指向、体調不良の人々に提供する食事設計の幅が大きく広がって、管理栄養士の活躍できる場面が増えてくるはずです。

研究概要

分子栄養学部門の研究概略を図2に示します。ヒト、動物の生理機能研究では、栄養素単独で解釈できることは研究に含まれません。また、機能性食品に含まれる試験管、細胞レベルの研究(メカニズム研究は除く)、あるいは食物として摂取不可能な食物化学成分の量を用いる研究は含みません。そのような観点から選択される食物は極限られたものになるはずです(国立健康・栄養研究所は健康食品の安全性・有効性情報のデータベース参照)。

伝統的食文化
研究対象になる食物の選択は研究の成否を考えるとたいへん難しく重要なものになります。その選択で示唆に富むヒントを与えてくれるのが伝統的食文化の情報です。その情報は、生態学、民俗学、薬用植物学、生薬学、薬食同源思想のなかに眠っていますので、そこから必要な情報を収集して最終的に生命維持の合理性を考慮して1つの研究対象の食物を選択しています(典型研究参照)。
食物の化学分析
食物を研究する上で化学成分による研究と比べて品質管理上の大きな問題を含んでいます。植物性食材中の化学成分は気候、土壌などに大きく影響を受け、さらに同種の食物の亜種、変種を考慮すると、たとえ同じ食物名でも一次代謝物、二次代謝物の成分含量は大きく異なります。動物性食材においても品種、飼料、飼育方法により化学成分量が異なることは同様です。そのため、常に特定の生理機能を発揮させるには化学成分による品質管理は必須になります。食物のすべての研究において食物の化学分析は研究を開始する前の必須データになります。
食物による生理機能誘導メカニズムの解明

動物実験は、ヒトへの効果に繋がる研究でなければなりません。そのため、1つの食物で誘導される生理機能は作用メカニズムを解明することが重要になります。まず食物摂取により生体の変化を明確な生理機能に基づくバイオマーカーで同定します。通常、タンパク質あるいはペプチド性のホルモンをバイオマーカーに設定しています。バイオマーカーを同定した後は、そのバイオマーカー産生に関わる組織での遺伝子発現をマイクロアレイで解析します。マイクロアレイ解析結果より生理機能誘導の作用メカニズム構築に必要なすべてのタンパク質の遺伝子発現はmRNAのqPCRで定量しています。これらの解析からバイオマーカー産生に関わる組織での作用メカニズムは明らかになってきます。

最後に食物摂取で生理活性を示す最終標的組織へどのような経路で進行してくるかを解析していくわけですが、多くの場合、この経路には様々な神経伝達系が絡んでくるのでその解析は大変難しくなります。1つは選択的神経切断動物の利用、あるいは神経伝達物質のアゴニスト、アンタゴニスト存在下で動物実験において食物と生理機能の誘導の増減を検討できます。もう1つの方法として食物の成分が生体で最初に認知される組織でのケミカルセンシングレセプターからのアプローチです。

食物による生理機能の解明の典型研究としてアブラナ科植物(学名Lepidium meyenii Walp.)の根であるマカの研究(Journal of Ethnopharmacology 151 (2014), pp. 897-902)を参照してください。

センシングレセプター

食物で生理機能が誘導されるとき、古典的な薬学による標的臓器でのアゴニスト・アンタゴニストによる生理活性の発現よりもセンシングレセプターからの中枢神経系への伝達による生理活性の誘導で説明する方が合理的かもしれません。その経路は、[センシングレセプター] → [神経伝達] → [中枢神経系] → [視床下部] → [内分泌、神経系] → [標的臓器での生理機能]が考えられます。代表的なセンシングレセプターは嗅覚レセプターです。その種類はヒトでも約1,000種類に及び、Gタンパク質結合受容体に属し、化学物質を認知しています。嗅覚レセプターの局在は、鼻腔粘膜、鋤鼻器に最も多く、消化管や肝臓の腸内分泌細胞にも存在します(中村学園大学薬膳科学研究所・研究紀要、第4号、「消化管における食物成分の認知機構と生理機能の誘導」参照)。このレセプターからいくつものリガンド信号が同時に入力され、情報処理を経て何らかの生理機能が誘導されます。それ故、マルチリガンド-シングルアクションになり、単一化学物質の組合せ解析では膨大な研究量を考えると意欲がなくなります。そこで網羅的解析として、人工的マルチリガンドを用います。その方法がファージディスプレイテクノロジーです。

ファージディスプレイによるエピトープライブラリーが1990年にSmithらによってScience誌に報告されました。ランダムペプチドライブラリーと迅速スクリーニングは誰もが抗体作製と同じことを人工的に可能になるというイメージを持ったはずです。ファージディスプレイ法は理論的にはすべてのアミノ酸配列の組合せによるペプチドを提供する技術ですが、その理論的多様性は実践的には確保されていません。この20年間に多くのディスプレイシステムによる改良が報告されてきましたが、現在でも技術的な課題をケーススタディとして克服しながらリガンドや抗体作製という応用研究を余儀なくされています。

この問題の根本には、大腸菌(ディスプレイシステムによりホストは異なる)による異種ペプチド(蛋白質)の生産にあります。通常、大腸菌で異種ペプチド(蛋白質)を遺伝子組換え体で生産する場合、例え融合蛋白質でも菌体内で分解されるか、あるいはinclusion bodyという粒子を形成して蛋白質機能が封鎖されることが多く観察されます。1つの蛋白質やペプチドを生産することの大変さを思い出せば容易に想像できると思いますが、況や数十万から数千万種類のペプチドを融合タンパク質の正常なフォールディングの要求下、同一条件による生産は想像できないくらい難度が高くなります。それ故、生産系の課題は最も重要になります。

本研究部門では従来のファージディスプレイ法を根本的に改良して独自のファージディスプレイテクノロジーの開発に至りました。そのファージディスプレイ法を用いてランダムペプチドライブラリーを作製し、ライブラリーを評価してまいりました。ランダムペプチドの1次配列の多様性を評価する方法はランダムペプチド中のアミノ酸残基の出現頻度で議論されています。その方法を用いて独自に作製したランダムペプチドライブラリーを評価すると作製時に挿入するランダムオリゴヌクレチドから予測されるアミノ酸残基の理論出現頻度とクローンの実測出現頻度に高い相関性が見られています。このことから当ライブラリーは生産時の生物学的バイアスは受けにくいと考えています。現在、ペプチドライブラリーを用いて、いくつかの蛋白質に結合するペプチドの作製に成功しており、これを用いてバイオセンサーの同定を検討しています。

共同研究募集

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共同研究について

(1)「一般共同研究(民間企業用)」
民間機関等の外部機関から研究者あるいは研究経費等を受け入れて、本研究所の研究員が当該民間機関等の研究者とが共通の課題について共同して行う研究。

(2)「短期計画研究(大学その他の研究機関用)」
大学その他の研究機関の専任職員と本研究所の研究員が共通の課題について共同して行う研究。

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募集時期・方法:随時受付しています。メールでお問合わせ下さい。

文責、中村学園大学大学院 栄養科学研究科 教授 内山 文昭

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