生命科学・分子生物学講義ノート

シラバス

生命科学・分子生物学
Life Sciences & Molecular Biology   

担当者 原 孝之
Takayuki Hara  

                        
1.一般教育目標(General Instructional Objective :GIO)
 生物は、大きさ、形、色、生活の仕方などいずれをみても多種多様であり、ついその多様性に目を奪われてしまう。しかし、一方では、これらの生物を細胞レベル、分子レベルでながめてみると、同じような細胞からできていて、同じ分子で出来ていることに気がつく。これを、生物の物質としての単一性というが、この観点に到達したときに、我々は生物学を科学としてとらえることができるようになった。現代生物学では、我々の興味は「ヒトの生命とは何か?」という基本原則を見い出すことに収束しはじめた。この学問が生命科学であり、これから栄養学を学ぶ皆さんにとって、生命に対する基本的考えを新たに勉強し直すことが重要と思われる。本講は、今年から生命科学・分子生物学と改め、分子レベルの生命科学を強調することにした。本講では、ヒトの生命とは何かを考える基礎について、分子生物学の理解に立って、皆さんが自ら理解し、自学自習することを身に付けてもらうような講義形式ですすめていきたい。 
2.個別行動目標(Specific Behavioral Objective :SBO)
・生命科学の歴史、科学の歴史を説明できる。
・地球生命の誕生に際して、蛋白質、脂質、糖質、核酸の役割を説明できる。
・発酵、呼吸代謝、TCA回路、電子伝達系、ATP合成などの意味を要約できる。
・細胞内小器官の核、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体などの形状と役割を説明できる。
・メンデルの遺伝の法則、DNAの発見の歴史を要約できる。
・DNAとその機能、転写、翻訳、複製の機構を要約でき、遺伝情報の意味、遺伝子発現の調節を理解できる。
・cDNAクローニング、制限酵素、PCRなど最新の遺伝子組み換え技術を説明できる。
・インスリンの大腸菌での発現、遺伝子治療、遺伝病、ガンの機序、エイズウイルス、臓器移植の問題点などのトピックスについて興味を持ち、その概要を説明できる。
3.授業計画  項目<キーワード>
1 生命科学を何故学ぶのか?科学とは何か? <生命科学の歴史、科学の歴史の理解>4/8
2 生命の定義 <地球生命の誕生、蛋白質、脂質、糖質、核酸の役割の理解>4/15
3 生命の歴史 <化学進化、生物進化、原核生物、真核生物、単細胞生物、多細胞生物>4/22
4 生命を支える分子1 <細胞をつくる成分蛋白質、脂質、糖質、核酸、無機質の理解>4/15
5 生命を支える分子2 <高分子がつくる機能集合の理解、酵素、細胞の成り立ち>4/22
6 生命の成り立ちと代謝1 <発酵、呼吸代謝、TCA回路、電子伝達系、ATP合成>5/13
7 生命の成り立ちと代謝2 <光合成、化学合成>5/13, 5/20
8 細胞小器官と代謝の分画 <細胞分画、核、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体>5/276/3
9 遺伝の基礎 <メンデルの遺伝の法則、DNAの発見の歴史>6/10
10 生命をつかさどる遺伝物質 <DNAとその機能、転写、翻訳、複製>6/17
11 遺伝子の発現と調節 <遺伝情報の意味、遺伝子発現の調節>6/24
12 遺伝子組み換え実験 <cDNAクローニング、制限酵素、PCR>7/1
13 遺伝子組み換え実験 <インスリンの大腸菌での発現、遺伝子治療>7/1
14 遺伝と生活 <遺伝病、進化の機構、栄養と遺伝>7/8
15 ガン、エイズの現況、臓器移植問題 <ガンの機序、エイズウイルス、臓器移植の問題点>7/15        
4.評価方法
  筆記試験による。自筆ノート持ち込み可。
5.テキスト及び参考書
 テキスト:生命科学・中村運著・化学同人
参考書:現代生物学・石川統ほか訳・東京化学同人



1.生命科学を何故学ぶのか?科学とは何か?4/8/02)

復習項目

生命科学の歴史

古代      〜19世紀     19〜20世紀      現代

博物学 動物学  生物学   生命科学

    植物学         (地球環境論)

     専門分化     統合化         専門化

20世紀に起きた自然科学の二大革命

前半 原子物理学の革命的発展による物理学・化学の統合

   1945年 原子爆弾の投下(広島・長崎)

   『物質とは何か?』

後半 分子生物学の発展による生命諸科学の統合

   医学・薬学・栄養学・農学・生物学などの統合

   『ヒトの生命とは何か?』

科学とは何か?

今私が執筆中の教科書をそのままもってきました。今日の勉強の参考にしてください。

科学のはじまり
これまで話してきたように、生命の勉強ほど科学の理解が必要なことが皆さんもわかったことと思います。生命に対する理解には自然科学の正しい理解が必要なのです。そこで、ここで簡単に科学のすすめ方について考えてみましょう。科学はいつごろ生まれたのでしょうか?実は人類の歴史とあまり変わらないころからあったともいえるのです。これまで話してきたように、人類は誕生当時には、自然の恐ろしい様と向かいあい、おののくばかりでした。まず自然宗教が生まれました。人々の前で起きるいろいろな出来事を理解するのにまず神を考えてきたことでしょう。しかし、これまで述べたように人類の歴史の積み重ねのうちに、人々はいろいろ身のまわりでおきる出来事の本質を理解しようとするようになりました。素朴な疑問をもつようになりました。例えば、農耕文化が定着し、コムギを栽培するようになったときに、凶作にみまわれたとしましょう。人々はその原因は何故だろうと考えるようになっていきました。最初は宗教に頼って豊作を祈願したかもしれません。しかし、祈願に関係なく凶作はやってきたのでした。

科学のすすめ方
皆さんも、当時の人々の気持ちになって真剣にその年の凶作のわけが何かを考えてみてください。図に当時の人々が考えたであろうわけを書いてみました。例えば、天候(寒かった、暑かった、雨が少なかった、大雨が続いた)のことにまず考えがいくかもしれません。中には土壌の性質や種子そのものに考えが及ぶかもしれません。そうやって、コムギの生育にいちばんよい方法はどんなものであるかが経験的かもしれませんが、見い出されていったことと思われます。これが科学の始まりの1つと言えましょう。こうして考えると、科学とは人類の長い歴史の中で経験的に生み出された手法であるとも言えますが、今日では1つのプロセスを通しておしすすめることのできるものであることがわかります。図にその方法を示しています。
・ 観察−これは科学のプロセスの始まりです。例えば、万有引力の法則を発見したニュートンは”リンゴが木から落ちる”のを見たのでした。このような観察はだれしもが日常生活において経験していることです。しかし、ニュートンは凡人と違ったのは、次のプロセスに到達したからです。
・ 問題提起−ニュートンはどうしてリンゴが木から落ちるのだろう?と疑問を発したのでした。この疑問を持つことが科学の始まりなのです。人間生活、社会生活の中で、あまり、疑問をもつことは時には大きな誤解をもつので避けた方がよいと思う人も多いでしょう。でも、科学をすすめるには素直に何故だろうと考えるようにしてください。そして、もう1つ大切なことがあります。それは、このプロセスでは何故だろうと考えるだけではなく、悩んでください。そうしているうちに、人間のアイデアは急に飛躍をとげるのです。
・ 仮説−この段階までくれば、科学のプロセスの半分は終わったと言ってもよいでしょう。その段階とは、必ずこの言葉から始まります。「待てよ!もしかして・・・では?」という決まり文句です。ニュートンの場合には、この・・・のところに、「地球の中心に物体を引きつける力があるのでは?」となるでしょうか。そして、さらに続いて「こうすればそのことを証明できる。」というアイデアまで引き出せれば科学の半分は終わったものも同然なのです。
・ 実験−自然科学には実験が必要なことがほとんどです。生命科学の分野では特にそうです。例えば、先ほどのコムギの栽培に関していうならば、種子の善し悪しを決めるのに、重い種子がよく育ち、軽い種子は育ちが悪いのでは?という1つの仮説に達したとしましょう。それならば、塩水の中に入れて沈む種子と浮く種子を分けて栽培してみようという実験にいきつくことになります。このように、生命科学を考えると身のまわりには多くの題材があることでしょう。
・ 学説−科学では実験によって得られた結論を学説と呼ぶにとどめたいと思います。よく、科学は真理を追究するものだと考える人がいます。それは、逆に科学にとっては迷惑なことかもしれません。科学をそう大上段にかまえてしまわない方がよいのです。科学はどんな小さなことでもよいから、ある問題に対して一定の結論を得るものだと考えてください。そう考えれば、気が楽になり、誰もが簡単に取り組めるものとなるはずです。そして、その学説は多くの場合に、人間生活に役に立つ重要な結論を含むものだと考えてください。
生命科学の勉強には科学の理解が必要です。皆さんも生命科学に関係する身近な問題について科学の視点でとらえることをおすすめします。

宿題

以下の観察から問題を提起して、その原因を考えて述べよ!

1.明治時代に日本人に糖尿病は少なかった

2.沖縄の人には長寿の人が多い

3.東北人には脳卒中が多い


2 生命の定義(4/15/02)


生命の定義

1.生命は細胞からできている。

2.生命は自己複製能力をもつ。


生命の勉強にはどのような見方が必要か?

集団・社会レベル  地球環境論

個体群レベル    地球環境論

個体レベル     地球環境論 人体の構造

組織・器官レベル        人体の構造

細胞レベル           人体の構造 生命科学

細胞内小器官レベル             生命科学

分子レベル                 生命科学  生物有機化学

原子レベル                       生物有機化学   物理学/化学

素粒子レベル                      生物有機化学?  物理学/化学

生命科学・分子生物学の勉強には細胞レベル、細胞内小器官レベル、分子レベルのものの見方が必要


生命をつくる物質


細胞にはどのような物質が含まれているのでしょうか?表に細胞の固形成分(すなわち水を除いたもの)の組成を示しました。

成分

(%)

タンパク質

71

脂質

12

糖質

核酸

7

ミネラル(無機質)その他

タンパク質、脂質、糖質、核酸、無機質などからつくられています。このうち、タンパク質、脂質、糖質は私たちにとって三大栄養素ともいえるものです。核酸は遺伝子として細胞になくてはならないものです。この他、無機質は細胞のはたらきにとって欠かせない役割をもっています。これから、その1つ1つについて、化学的性質とそのはたらきを考えてみましょう。
タンパク質
タンパク質のことを英語ではプロテイン(protein)と呼んでいます。その由来はギリシア語のproteiosにあり、第一番目に重要なという意味をこめて命名されたものです。どうして、タンパク質は第一番目に重要なのでしょう?それは、表からもわかるように、タンパク質は細胞の固形成分の中で一番多いのです。一番多く含まれているからには、それが重要なものであるという認識が古くからありました。事実、タンパク質は細胞の中で、いろいろな大切な働きをしています。そのはたらきを表にしました。生体内で構造維持に関係したり、酵素としてはたらいたり、輸送に関係したり、外来異物の処理にあったたり(免疫)といろいろなはたらきをもつことがわかります。1つ1つを今すべて理解する必要がありませんが、タンパク質がいかに多くの生命活動に関係しているかを知るだけで十分です。わたしたちの生命活動のほとんどすべてにタンパク質が関わっているのです。

タンパク質の構成成分
タンパク質は20種類のアミノ酸と呼ばれる有機化合物からつくられています。アミノ酸の一般構造を図に示しました。

アミノ基カルボキシル基

アミノ酸という名前からもわかるように、炭素につく4つの手に、アミノ基と酸性を示すカルボキシル基がついています。あとの2つの手の1つには水素(H)がついています。残りの1つはふつうRと表示します。Rとは側鎖のことで、英語でresidueと呼ぶので、その頭文字を使います。このRの部分がいろいろ変わることにより、違った構造のアミノ酸になるのです。アミノ酸のアミノ基をみたときに、ぜひアンモニア水を思い出してください。アンモニア水はアンモニア(NH)ガスが水(HO)に溶けたもので、NH4OHと書けます。NH4OH→NH4++OH−となり、OH−が出てきますから、アルカリ性ですね。したがって、アミノ基もアルカリ性を示すところだなと思ってください。一方、カルボキシル基については、酢酸(酢)を思い出してください。酢酸はCH3COOHですから、CH3COOH→CH3COO−+H+となり、H+が出てきますから、酸性を示すところだなと思ってください。このアルカリ性と酸性を示す2つの基をもっているところがアミノ酸の特徴です。また、タンパク質をつくっているアミノ酸は1つの例外であるグリシンを除いて、アミノ基は炭素の左側にあるものだけでできています。図に示したように、アミノ基が左と右についているだけで、厳密にはこれらのアミノ酸は構造上、似てはいるが別のものとなるのです。左側にアミノ基があるアミノ酸をL−アミノ酸とよび、右側にあるD−アミノ酸と区別しています。タンパク質にL−アミノ酸しか含まれないのは、タンパク質をつくるときには、方向性があるからです。タンパク質をつくる場合には、L−アミノ酸どうしをつないでつくるですが、必ずアミノ基が末端にあります。もしも、D−アミノ酸を使うのなら、カルボキシル基が末端にあることになります。この議論はあとで詳しく述べましょう。図(教科書P23 図2.7)に20種類のアミノ酸を示しました。アミノ酸はふつうアルファベット3文字であらわすと区別がすぐにつきます。表に示したように、例えばグリシンはGlycineですからGly、アラニンはAlanineですから、Alaと書きます。わかりにくいのは、イソロインシン、IsoluecineでIleと書きます。トリプトファン(Tryptophan)ですが、チロシン(Tyr)と区別するように、Trpとします。だいたい英語で書いたアミノ酸の最初の3文字を使っています。これを生命系の学生はすべて暗記せよ!とやると、はじめは皆いやになるでしょう。そうではなく、このバラエテイーにまずおどろいてほしいものです。もう1つしいて理解してもらうならば、側鎖には水にとけやすいもの(親水性)と、水にとけにくいもの(疎水性)とがあることです。アミノ酸の側鎖の水にとけにくいところを黄色で、水にとけやすいところを赤(青)で示しましょう。側鎖がすべて黄色になるところと、赤いところが入っているものと2通りあることに気付いてください。これはタンパク質を考える上に大切な見方なのです。これから、タンパク質の構造について考えてみましょう。タンパク質の構造を考えるには、簡単なものから複雑なものへと順序だって考えることが必要です。ちょうど、一次元、二次元、三次元と直線から、平面へ、そして立体へと考えていくのと同じです。タンパク質の構造を考えるには、一次構造、ニ次構造、三次構造、四次構造という構造のみかたがあり、単純な方から複雑な方へと考えていきます。
タンパク質の一次構造
タンパク質の一次構造とは、20種のアミノ酸が直線的に配列されることをいいます。図(教科書p24 図2.8)に示したように、最初のアミノ酸のカルボキシル基と次のアミノ酸のアミノ基との間で、水がとれて、のかたちで結合していきます。この結合をペプチド結合といいます。さらに、2番目のアミノ酸も同様に3番目のアミノ酸との間でペプチド結合をつくり、これがくりかえされてアミノ酸が数珠つなぎにつながっていきます。したがって、タンパク質にはアミノ酸の始まりの部分ともうこれ以上次のアミノ酸をつながない終わりの部分をもっています。最初のアミノ酸の左側には、必ずアミノ基があり、終わりのアミノ酸の右側にはカルボキシル基があります。最初の末端のことをアミノ末端、もしくはアミノ基のNをとってN−末端ともいいます。最後のアミノ酸の右側の末端をカルボキシル末端、もしくはCarboxylの頭文字をとってC−末端とよびます。タンパク質とはふつうアミノ酸が50個以上つながったものをいいます。アミノ酸が50個よりもすくないものはペプチドとよばれています。よく知られているいちばん小さいタンパク質はインスリンという血糖値を下げるホルモンです。その構造を図(教科書p25 図2.9)に示しました。このようにタンパク質をつくる時には20種あるアミノ酸のどれも使えますので、タンパク質をつくる場合に50個アミノ酸をつなぐと、その組み合わせは20通りを50回かけ合わせることになります。すなわち20
50通りというまさに無数のちがったタンパク質をつくれる可能性をもっているわけです。生物をつくる物質でこれほど多様性に富んだものは他にはありません。要するに、生物に大きなゾウがいたり、小さなカがいるように、生物の多様性を決めているのはこのタンパク質のおかげであることは間違いありません。昔、恐竜のように大きな生物が誕生したわけも実はこのタンパク質の中に理由があるはずです、タンパク質は無数といってよいほどたくさんの可能性をもってつくれるわけですから、その1つ1つについてタンパク質の役割を研究するまでにはいたっていません。おそらく、これまでわからなかったいろいろな生命のなぞのほとんどがこのタンパク質の中に隠されているわけですから、タンパク質の研究がいかに大切であるかわかるでしょう。
タンパク質のニ次構造
タンパク質の一次構造とは、20種のアミノ酸の直線的配列のことをいいますが、これを針金にたとえてみると、針金も少しバネのコイルのようになったり、ジグザクの波型になったりします。これをタンパク質のニ次構造といいます。図(教科書p25 図2.10, 2.11)にその代表的な構造の2つを示しています。1つは、バネのコイルのように、アミノ酸どうしがつながって直線的に配列したものが、らせん状になることです。このような構造をとることをα−ヘリックス構造といいます。図のように3.6個のアミノ酸残基で1回転するコイル状構造をとっています。このコイルをつくる力は少しはなれたアミノ酸のペプチド結合の中の−NHとO=C−の間で水素結合とよばれる力で結びつくことでコイルができあがります。もう1つの構造はβ−構造と呼ばれるものです。針金が波型になって、それがいくつか平行に並ぶと図のようにタンパク質の中でトタン屋根のような面をつくれることになります。この場合にも、隣あった鎖のペプチド結合の−NHとO=C−の間での水素結合が固い構造をつくるのにはたらいています。球状をしたタンパク質の内部にはこのようなβ−構造のシートが骨組みをつくっています。
タンパク質の三次構造
タンパク質をつくるアミノ酸の鎖を針金に例えましたが、それはタンパク質のニ次構造では、直線的なものから、ばねのコイルのようになったり、波型になったりしました。そのような針金を折り畳んで立体化していくと球状になったり、だ円状のタンパク質へとなっていきます。これをタンパク質の三次構造といいます。このような折り畳みを生み出すには直線的にできたアミノ酸の鎖の遠く離れたところどうしで結合しあう力が必要になります。図にその結合の力となるものを示しました。一番強い結合はシステインというアミノ酸の側鎖の−SH基と−SH基の間で水素がとれて、−S−S−の形で結合するもので、S−S結合(英語ではジスルフィド結合)とよばれています。これは前に話した共有結合ですから、熱をかけても切れない強い力です。この他、リジンやアルギニンのように、側鎖に−NH3+をもつアミノ酸とアスパラギン酸やグルタミン酸のように側鎖に−COO−をもつアミノ酸との間の+と−のイオンどうしの間ではたらくイオン結合、セリン、スレオニン、チロシンのように、側鎖に水酸基(−OH)をもつものどうしではたらく水素結合、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニンなど側鎖が水に溶けにくい、いわゆる疎水結合の側鎖どうしが結合する疎水結合などがあります。アミノ酸にはアミノ基とカルボキシル基があり、いずれの基もイオン化します。しかし、タンパク質はアミノ酸のつながった鎖でできていますが、図のようにアミノ酸のカルボキシル基と次のアミノ酸のアミノ基との間でペプチド結合をつくっていますから、ペプチド結合した部分はイオン化できません。N−末端とC−末端の部分だけはイオン化します。したがって、上記のイオン結合に関係するのは、アミノ酸の側鎖にあるアミノ基とカルボキシル基がほとんど関係していることになります。他の結合もすべてほとんどがアミノ酸の側鎖の部分が関係していることになります。もう1度、アミノ酸の構造をみてください。20種のアミノ酸の側鎖の部分がいかにバラエテイーに富んでいて、これらの結合をつくるのにうまく配されているかがわかることでしょう。タンパク質は細胞の例えば細胞質のように水成分に存在している場合には、その水の中に溶けて存在しなければなりません。このような場合には、図のようにタンパク質の表面の部分には水にとけやすいアミノ酸、例えば、アスパラギン酸、グルタミン酸、アルギニン、リジンなど側鎖が水に溶けやすいものが集まっています。逆に、タンパク質の内部には、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニンなど側鎖が水に溶けにくいアミノ酸が集まっています。表面が水に溶けやすければ、タンパク質は水の中で溶けた状態で存在できます。ところが、タンパク質の三次構造をつくる力になっているイオン結合、水素結合、疎水結合などを壊すことが起きると、タンパク質は構造が変化します。表にその作用を起こす条件を示しました。これをタンパク質の変性といいます。タンパク質の変性がおきると、タンパク質の内部にあった疎水性のアミノ酸の側鎖が表面に露出して、タンパク質は水に溶けにくくなります。これをタンパク質の沈澱といいます。

卵の白身の部分が、熱で沈澱したり、凝固したりするのがそのよい例です。アミノ酸の側鎖に疎水性のものと、親水性のものとがあることが、タンパク質の構造をつくるのに、大切なはたらきをしているのです。
タンパク質の四次構造
タンパク質の中には、いくつかのタンパク質が集まって初めて大切な機能をもつようになることがあります。例えば、ヘモグロビンという赤血球の中にある酸素をはこぶタンパク質はαとよばれるタンパク質の鎖とβとよばれるタンパク質の鎖がそれぞれ2個ずつあつまり、計4個そろってはたらいています(教科書p32 図2.18)。このような例はいろいろな調節のはたらきをもつ酵素や生体内の構造維持などに大切です。図に示したアクチンは、筋肉や細胞内の骨格をつくるのに必要なタンパク質ですが、球状のタンパク質が1回転するのに約2個集まってらせん状のアクチン繊維(フィラメント)をつくっています。このように、タンパク質が集まってあるはたらきをもつ集合体をつくるときに、その単位となるタンパク質のことをサブユニットといいます。生命を生み出す細胞の構造づくりには、この球状のサブユニットが集まって円筒をつくったり、平面の構造となったりしていることがよくあります(図2.20)。
脂質の構成成分
脂質というと、みなさんは”あぶら”を想像するでしょう。”あぶら”は水に溶けにくいことは誰しもわかります。全く性質のちがうものをよく水とあぶらの関係にあると言いますね。”あぶら”は漢字で油とも書けますし、脂とも書けます。漢字の油は英語ではオイル(Oil)に当たり、常温で液体のものです。一方、脂は英語ではファット(Fat)に当たり、常温では個体であるものをいいます。このように、脂質には常温で液体と固体という異なる状態をもつものがありますが、そのわけはどこにあるのでしょうか?構成成分についてよくみていくとわかります。脂質はタンパク質に次いで細胞に多い成分です。そのわけはどこにあるのでしょうか?真核細胞の中には図に示したように、多くの膜系からなる細胞内小器官があることは前に言いました。実は膜をつくるのには脂質が欠かせません。このことが細胞に脂質を多くしている大きな要因なのです。
中性脂肪
脂質は単純脂質と複合脂質に分けられます。それぞれに属するものを表に示しました。このうち、特に大切なものをみていきましょう。単純脂質はCHOから構成されていて、その代表的なものが中性脂肪です。中性脂肪は脂肪酸のカルボキシル基(−COOH)とグリセリンの水酸基(−OH)とが脱水結合して、図2.15のようにエステル結合したものです。まずその成分について詳しくみてみましょう。
脂肪酸とグリセリン
脂肪酸は酸という言葉が示すように、アミノ酸と同様に、カルボキシル基を1個もっています。そしてメチル基(−CH3)を末端にメチレン基(−CH2−)を中にもっています。炭素の数はほとんど偶数個(2n)であり、その数は4〜30個です。細胞に多く含まれるものは、炭素数が12〜20個のものです。脂肪酸の1つパルミチン酸の構造を図に示しました。炭素16個でできていて、カルボキシル基1つもっています。末端にはメチル基があり、その間に14個のメチレン基があります。

CH3-CH2-CH2-CH2-CH2-CH2-CH2-CH2-CH2-CH2-CH2-CH2-CH2-CH2-CH2-COOH

名前(パルミチン酸)融点(b)     名前(パルミトレイン酸)融点(d)
融点 a.80℃ b.63℃  c.44℃  d.-0.5℃

このように正確に書くには骨が折れるので、その下に示すように、メチル基、メチレン基を略して波線状に書いてもかまいません。カルボキシル基のところは赤く塗ったように、親水性を示します。一方、長いメチル基、メチレン基のところは水に溶けない疎水性の部分で黄色く塗りました。これだけ黄色い部分が多くなれば、水に溶けにくくなるのもわかると思います。脂肪酸には、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸とがあります。よく二重結合のないものが飽和脂肪酸で、二重結合のあるものが不飽和脂肪酸と呼ぶという教科書が多いですが、本質をみていません。飽和とは何が飽和しているのか?不飽和とは、何が不飽和なのか考えた方がよいと思います。図2.14をみてください。先ほど示したパルミチン酸には、二重結合がないので、飽和脂肪酸になるのですが、カルボキシル基のところは決まっていますから、他のどの炭素にももうこれ以上つけないだけの水素(H)がついています。飽和脂肪酸とは水素がもうこれ以上つけない水素が飽和した脂肪酸のことなのです。メチレン基には最大で2個までしかHはつけません。ところが、メチレン基とメチレン基の間に二重結合ができると、その部分の炭素には1個しか水素(H)がついていません。すなわち、不飽和脂肪酸とは水素が不飽和な脂肪酸のことなのです。水素が不飽和な脂肪酸だから、二重結合が結果としてあるのだと考えた方がわかりやすいと思います。不飽和脂肪酸には二重結合が2個以上あるものもあります。これを多価不飽和脂肪酸とよびます。さて、細胞内によくある飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の名前と融点を表に示しました。ここに書かれた脂肪酸くらいは、専門の勉強をする時には、身につけてもらいたいものです。飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の融点はどちらが高いでしょうか?その時に、炭素の数も考える必要があります。例えば、パルミチン酸とパルミトレイン酸では、炭素の数はどちらも15ですから、この2つの脂肪酸の融点の違いは二重結合のあるなしによっていることがわかります。この2つの脂肪酸で融点は何と63.6℃も違います。パルミチン酸の融点は63.1℃ですから、常温では固体ですが、パルミトレイン酸は-0.5℃で、常温では液体です。このように、飽和脂肪酸は常温ですべて固体です。しかも、炭素の数が増せば増すほど、融点は高くなっていきます。次に、不飽和脂肪酸で二重結合の数が増すとどうなるかをみてみると、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸と二重結合が1、2、3と増えていくと、融点はますます低くなることがわかります。このように、脂肪酸には常温で固体のものと、液体のものがあるのです。油と脂の違いは実はそれぞれに含まれる脂肪酸のちがいに由来していたのです。外見だけで、物質をみるとその違いの本質を見誤ることもあります。生命科学の勉強はやはり本質をみる必要があります。なぜ、細胞には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸とがあるのでしょう?飽和脂肪酸は硬さを与えてくれますが、細胞には軟らかさも必要なのです。この2つの絶妙なバランスが生命の妙を生み出しているのかもしれません。
中性脂肪の性質
中性脂肪のことを英語ではトリグリセリドとよびます。図2.15のように、グリセリンの3つの水酸基に脂肪酸が3つエステル結合しています。グリセリンの水酸基 -OHと脂肪酸のカルボキシル基 -COOHとの間で水がとれて結合したものです。前に話したように、-OHも-COOHも水に溶けやすい親水性の部分ですから、ここが結合すると、中性脂肪の中には親水性のところがなくなってしまいます。このことは、水に溶けにくくなるので、一見不利に思えるかもしれませんが、水に溶けにくい、すなわち疎水性になることが有利なこともあるのです。何故ならば、疎水性になると、密に物質を濃縮することが可能になります。生体内でこのような脂肪の貯蔵は大切なことです。私たちの体には皮下脂肪のかたちで中性脂肪が貯えられています。この貯えはエネルギーが不足したときに使われるだけではありません。体にまるみを持たせ外界からの物理的な衝撃を柔らげる働きもしています。中性脂肪のかたちの方が体内を運搬するときにもコンパクトに運べるので便利です。
リン脂質
複合脂質の中で生命科学の勉強に欠かせない重要なものがあります。それはリン脂質です。図2.15のように、リン脂質は中性脂肪の3つの脂肪酸エステルの1つがないかわりに、グリセリンの-OHのところにリン酸がエーテル結合しています。これをホスファチジン酸といいます。リン酸のことを英語でphosphoric acidといいますから、そのリン脂質という意味でこうよばれています。リン酸の-OHのところにさらにいろいろな化合物がエーテル結合することにより、いろいろなリン脂質となります。結果として、図のように-OXのかたちでX基がついていることになります。Xには図に示したようにいろいろな化合物があります。コリンが結合したものはホスファチジルコリンといいます。これを別名レシチンともいい、卵黄に多く含まれています。ホスファチジルコリンは図のように+の荷電と−の荷電をもっていますから、電気的には中性です。ホスファチジルエタノールアミンも同じです。アミノ酸のセリンがついたホスファチジルセリンでは、電気的には−1のリン脂質で酸性リン脂質とよばれています。いずれにせよ、いろいろなX基をもったリン脂質があることが生体をつくるのに大切になっています。図2.16のようにリン脂質には疎水性の脂肪酸の長い側鎖の部分が2つあります。一方、頭部には、リン酸とX基とからなる水に溶けやすい親水性の部分があります。リン脂質はこのように疎水性と親水性の相反する性質の部分をもっています。このような物質のことを両親媒性であるといいます。水と油のような溶媒のどちらにもなじむことができるという意味です。この性質が生体の膜をつくるときに重要になってきます。
生体膜
図2.16をみてください。リン脂質を水の中に入れてみます。親水性の部分は水分子となじみますが、疎水性の部分は水分子に反発して中へ入り込んでしまいます。そして球形となるのですが、このような状態をリン脂質のミセルといいます。洗剤が何故油よごれを落とせるのかと同じことですね。洗剤もリン脂質と同じく両親媒性の物質で、着物の表面の油よごれをミセルの中に閉じ込めてきれいにしてくれます。次にリン脂質が二重の層になることもあります。もともとリン脂質は円筒形をしていて二重層を形成しやすいのです。このような二重の層が生体の膜をつくることになります。親水性の部分を外側にして、疎水性の部分どうしでくっつきあい、このような層ができます。疎水性部分どうしの相互作用を疎水結合といいます。この結合は水分子と反発することから生じるものですが、疎水性部分は結果としてお互いにくっつきあう性質をもつことになります。図1.7に生体膜のモデルを示しました。シンガーとニコルソン(1972年)は生体膜が図のような流動的なモザイク構造をとっていることを示しました。膜はリン脂質の二重の層により形成されていて、その中にタンパク質が膜面に浮かんでいます。もちろん膜の外側にだけ顔を出したもの、膜の内面にだけ顔を出したものもあります。中には膜を貫通して存在したタンパク質もあります。タンパク質のところで述べましたが、タンパク質をつくるアミノ酸の側鎖の中には疎水性のものがあり、膜の内部の疎水性の部分と結合するには、タンパク質の一次構造をつくるアミノ酸配列にこの疎水性の側鎖をもつアミノ酸が集中してあらわれるようなタンパク質もあり、その部位が膜に結合するのに必要なことがわかります。図にその一例として、のデータを示しました。膜を貫通するには20〜30個のアミノ酸配列が必要で、膜結合には疎水性のアミノ酸を主に、グリシンなどの非極性のアミノ酸の多いα−ヘリクッス構造をつくっていることがほとんどです。さて、この生体膜ですが、もともと膜は硬いものでなく、ゆらゆらと動ける流動的なもので、タンパク質も膜面に固定されたものではなく、膜面を自由に運動できます。その運動ですが、膜面を回転することもできますし、横方向に動くことも可能です。したがって、生体の膜がかちかちのものではなく、ゆらやらと動けるものだとのイメージをもってください。
コレステロール
動物の生体膜をつくるのに、もう1つ大事な物質があります。コレステロールです。コレステロールというと、動脈硬化をおこす悪い物質とのイメージがあるかもしれませんが、膜をつくるのに欠かせない物質です。

図のように、コレステロールは水に溶けにくい疎水性の物質ですが、1箇所だけ親水性の水酸基-OHをもっています。したがって、図のように膜をつくるリン脂質の間に入り込み、膜の動きをにぶらせる働きがあります。もともとリン脂質の脂肪酸の側鎖の部分は屈曲運動をしたり、回転運動をしたりして、膜のゆらゆらした動きをおこすのに働いていますが、図のようにコレステロールがそのすき間に入るとその動きを妨害することになります。表に示したように、赤血球膜やミエリン膜にはコレステロールが多く含まれています。
糖質
糖質のことを以前は炭水化物とよんでいました。その化学式は [C(H
2O)]nで表され、炭素に水が付加された物質であることがわかります。nの数は3〜7ですが、生体に含まれるもので重要なものは炭素が6つからなる糖、6炭糖と炭素が5つからなる糖、5炭糖です。糖質にはこの化学式の原則にあわないものもあり、それらを含めて糖質とよぶようになってきました。この事情を知って、糖質という言葉をつかうように心掛けてください。さて、糖質の代表の物質として6炭糖のグルコース(C6H12O6)を覚えてください。[C(H2O)]6にちゃんとなっていますね。日本語でブドウ糖と言うように、ブドウの果実に多く含まれる糖です。

             α−D−グルコース

構造は図のように直鎖で書いてみるとわかるように、末端にアルデヒド基をもっています。でも、グルコースの本質を知るには、あとで述べるように環状に表した方がわかりやすいのです。糖の炭素の1つ1つを見てみると、例えば、炭素番号5の炭素には-OH、-H、-CH2OH、あとは炭素番号1〜4の大きな集合体がついています。前にアミノ酸で勉強したように、この炭素は図のように2つの立体的に違う異性体をもてることになります。このとき、-OHが右側にあるものをD型、-OHが左側にあるものをL型と分けています。そして、そのように立体異性体が存在する炭素を整っていない炭素という意味から不斉炭素といいます。実は、グルコースの場合には、炭素2〜4も不斉炭素になりますね。炭素に違う基が4つついていれば不斉炭素です。計2、3、4、5の4つの不斉炭素があることになります。その1つ1つを細かく分類すれば、グルコースと同じアルデヒド基をもつ糖には多くの仲間があることになります。16をDLの2で割ると8つの名前のちがう糖があることになります。それをここで覚える必要はありませんが、ガラクトースやマンノースなどいろいろな糖の名前が出てくるものですから、皆パニックにおちいることにもなりかねません、備えをもっていれば恐いものなしです。さて、何故グルコースを図のように環状に書いた方がよいのか説明します。グルコースは直鎖で書いたのでは説明できない性質をもっているからです。D−グルコースはさらに2つの性質のちがう糖にみえるのです。それは直鎖で書いたのではわからないのですが、図のように環状に書くとみえてきます。何故環状にあらあらわせるのかというと、アルデヒド基-HC=0と水酸基-OHとが結びつきやすいからなのです。環状に書くと、炭素番号1番の炭素が新たに不斉炭素になります。確かに1番の炭素には違う基が4つついています。よって、D、Lの分け方とはちがう新たなα型とβ型の2つの異性体をもてることになります。このことを知っていると、デンプンとセルロースの違いがわかります。
デンプンとセルロース
デンプンは植物の種子の胚に含まれていて、本来は植物が発芽して次世代の植物体をつくりあげるのに必要なエネルギーを貯蔵しておくためのものです。しかし、私たちはイネを栽培し、その種子を米として主食にしているわけです。デンプンはα−D−グルコースが数十個から数千個つながったものです。デンプンはα−D−グルコースがα(1→4)結合という形でつらなったものです。これは、α−D−グルコースの1番の炭素の-OHと次のα−D−グルコースの4番目の炭素の-OHとの間で水がとれて結合したものです。デンプンには図2.18のようにα(1→4)結合を主体にして、枝分かれしたところがあります。その部分にはさらにα(1→6)結合という新たな結びつきがみられます。デンプンは私たちの体の中の消化管で完全に加水分解されるので、植物由来ではありますが、栄養にすることができます。動物の体内には、α−D−グルコースの貯蔵形のグリコーゲンがあります。デンプンと同じようなつくりですが、枝分かれが多く、α−D−グルコースの数はデンプンよりもかなり多い物質です。
セルロースはβ−D−グルコースが図のようにβ(1→4)結合して連なったものです。セルロースは植物の細胞壁をつくる主成分です。セルロースはウシやウマのような草食動物では栄養になりますが、ヒトの消化管では消化できません。セルロースは植物の大部分を占めるわけで、これをヒトの栄養にできないのは残念なことですが、そういう宿命なのです。草食動物のおかげでセルロースが栄養となり、私たちが草食動物の肉を食することでその栄養が私たちにもたらされていることは言うまでもありません。
核酸
核酸は生物の一番重要な性質すなわち子孫を残すという性質を実現させるのになくてはならない物質です。子孫を残すことを遺伝といいますが、遺伝の因子である遺伝子そのものです。核酸は、塩基、糖ならびにリン酸からできています。その3つの成分が結合して核酸の単位であるヌクレオチドをつくります。核酸に使われている糖に2つの違ったものがあり、1つはデオキシリボースで、もう一方はリボースです。デオキシリボースをもつ核酸をデオキシリボ核酸(Deoxyribonucleic acid)といい、その頭文字をとってDNAといいます。リボースをもつ核酸をリボ核酸(Ribonucleic acid)といい、その頭文字をとってRNAといいます。その違いをみるために塩基、糖ならびにリン酸の構造を詳しくみてみましょう。

塩基 

アデニン(A)、    グアニン(G)、   チミン(T)、

6-アミノ-プリン 2-アミノ-6-オキシ-プリン 2,4-ジオキシ-5-メチル-ピリミジン

ウラシル(U) シトシン(C)

2,4-ジオキシ-ピリミジン 2-オキシ-4-アミノ-ピリミジン

デオキシリボース リン酸

ヌクレオチド


塩基
塩基とは炭素と窒素から成る環状物質で、プリン誘導体とピリミジン誘導体があります。何故、これらを塩基というかは、窒素を含む化合物はアルカリ性(塩基性)を示すからです。図にそれらの構造を示しました。プリン誘導体にはアデニン(A)とグアニン(G)があります。ピリミジン誘導体にはシトシン(C)、チミン(T)とウラシル(U)があります。DNAにはAGCTが含まれています。一方、RNAにはDNAと同じくAGCは含まれていますが、DNAのTの代わりにUが含まれていています。塩基のそれぞれをみて気付くことですが、アミノ基 (-NH2)とケト基(-C=O)を持っています。これはあとで話しますが、DNA, RNAの構造を知るのにたいへん重要な意味があります。
デオキシリボースとリボース
デオキシリボースとリボースはともに前に説明した5炭糖です。構造を示すとデオキシリボースでは、リボースの2番目の炭素の水酸基(-OH)が水素(-H)になっています。リボースから酸素がとれた糖であることがわかります。酸素のことは英語でoxygenですから、デオキシリボースとは英語でdeoxyriboseと書きます。英語でdeとは、脱という意味であり、日本語では脱酸素リボースということになります。構造を的確にあらわしていますから、その意味を理解するようにしてください。
リン酸
リン酸は無機化合物ですが、生体を構成するのに欠かせません。脂質のところでリン脂質がで出てきましたが、リン酸化合物はこれまで述べてきたどの物質とも結びつくことができます。元素でいうなら、CHONの次に生体に必要な元素はPであるともいえましょう。リンは5つの結合の手をもてますから、リン酸は図のように示すことができます。このように3つの水酸基をもっていて、これまでみてきたように、-OHが他の化合物のもつ-OHとの間で脱水結合して、タンパク質、脂質、糖質のどの物質とも結ぶつくことができます。
ヌクレオチド

図のように、これまでみてきた塩基、デオキシリボースまたはリボース、そしてリン酸が脱水結合してヌクレオチドができます。このとき重要な約束があります。塩基の炭素、窒素の番号を示すのにピリミジン塩基なら1〜6、プリン塩基なら1〜9を使ったので、デオキシリボースまたはリボースの炭素の番号を示す場合には、1'〜5'を使うことにします。核酸の勉強にはこの1'〜5'が何を意味するか知る必要があります。リン酸はデオキシリボースまたはリボースの3'の炭素の-OHとの間で脱水結合しています。一方、塩基はデオキシリボースまたはリボースの1'の炭素の-OHとの間で脱水結合していることがわかります。こうしてヌクレオチドができるのですが、このヌクレオチドがつながってDNAまたはRNAになります。ある物質の単位がたくさんつながったものをポリマーといいます。その1つ1つの単位をモノマーといいます。したがって、DNAやRNAはそれぞれのヌクレオチド単位のモノマーのつながったポリマーであり、ポリヌクレオチドというわけです。その構造を図に示しました。ここで、DNAやRNAを考えるときに大切なことがあります。それは、DNAもRNAもヌクレオチドをつないでいくときに方向性があることです。すなわち、5’末端から3’末端へとヌクレオチドをつないでいきます。このときに、DNAであれば、デオキシリボースの、RNAであればリボースの2’の炭素の-OHと2個目のヌクレオチドのリン酸の-OHとの間で脱水結合してつながっていくことになります。これが次々とつながていきます。ちょうど前に説明したタンパク質のアミノ酸のつながりのように方向性をもってつながっていくわけです。DNAもRNAも無限にヌクレオチドをつないだものではありませんから、最後のヌクレオチドがあります。そこは図のように次のヌクレオチドはつなげませんから、デオキシリボースまたはリボースの2’の炭素の部分には-OHがついていることになります。タンパク質にもN−末端とC−末端があったのと同じようになっています。さて、DNAの構造については、1953年にワトソンとクリックが図のような二重らせん構造になっていることを発見しました。このとき、らせん階段のステップの部分は塩基がお互いに対を形成し、らせん階段の手すりの部分をむすびつけています。この塩基の対をつくるのには、A=T, G≡Cと対を形成する塩基が必ずきまっています。図3.21のように、この対の形成には水素結合が関係しています。A=T、G≡Cと書いたように、AとTの間には2つの、GとCの間には3つの水素結合があります。AとGは前に話したように、プリン塩基です。CとTがピリミジン塩基です。プリン塩基の方がピリミジン塩基より少し大きいですね。A=T、G≡Cのそれぞれの対形成にはプリン塩基とピリミジン塩基が1つずつ使われていることになります。こうすれば、階段のステップの長さは等しくなり、平行ならせん階段ができることになります。DNAは遺伝子であることがわかったのですが、この物質が自分自身から自分の分身をつくり出す能力を持っていれば可能です。詳しくは後で述べますが、それは本当に簡単な規則、原理から可能になるものだったのです。先ほど
A=T、G≡Cと塩基の結び付きが決まっているといいましたが、実はその簡単な規則が自分自身から自分の分身をつくり出す能力を持たせてくれているのです。図3.15に示したように、DNAの2本の鎖が1本ずつに分かれて、それがもととうり2つ同じの2本の鎖になってくれれば、分身をつくることに成功です。どうでしょう?できるでしょうか?A=T、G≡Cと塩基の結び付きの規則が守られれば簡単です。実は1953年にワトソンとクリックはこのからくりに気付いていました。だから、それまでわからなかった遺伝子の本体がDNAであることも彼等は証明してしまい、生命科学に大きな革命をもたらしてくれました。
無機質
我々のからだは有機化合物だけでは成り立ちません。いろいろな無機質も必要です。人体の4〜6%は無機質でできていています。そのうち、カルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、リンおよび塩素がほとんどを占めています。こららの他にも、微量ですが、必要な元素として、鉄、銅、亜鉛、マンガン、コバルト、モリブデン、セレン、ヨウ素などがあります。表にこれらの生体内での役割を示しました。例えば、カルシウム、マグネシウムは骨や歯の構成物質として大切ですし、ナトリウムは細胞の外液の、カリウムは細胞の内液のイオンとして利用されています。一方、微量元素のほとんどは酵素の必須因子として必要です。

水は人体の60〜70%を占め、生命に欠かせない物質です。生命における水の重要性は以下の表のようにまとめることができます。水がこのような働きを可能にしてくれているのは、実は水の性質がユニークであることに由来しています。表をみてください。水の分子量は非常に小さいのですが、液体になる温度−融点と気体になる温度−沸点が他の低分子の液体に比べて異常に高いことがわかります。また、蒸発熱、比熱、融解熱も大きいことがわかります。このような水の性質は水分子のHはδ+に、Oがδ2−に分極化して、図のように水分子同士が水素結合で2個にくっついたり、ある水分子を4個の水分子が取り囲んだりできます。水は図のようにこの水素結合によって他の分子例えばNa+やCl-、アミノ酸などを取り囲み、それらの分子は水に溶けて存在することになります。水は他の分子を溶かすよい溶媒となります。一方、非極性の分子は図のように水分子と水素結合をつくらず、その分子同士が閉じ込められることになります。すなわち、非極性の分子同士は水と反発する結果、疎水結合することになります。例えば、前に話したリン脂質分子がミセルをつくったり、膜をつくったりするのは、水分子と反発する結果生じるものなのです。

宿題

タンパク質、脂質、糖質、核酸の性質とそれらの役割を要約せよ。



3 生命の歴史(4/22/02)

生命のはじまり
生命をつくる細胞がどのようにして誕生したのか、生命のはじまりについて勉強してみたいと思います。生命が誕生したのは今から40億年も前のことと言われています。地球の歴史は46億年、太陽系の歴史は50〜80億年といいますから、生命の歴史は地球の歴史と変わらないくらい長いものなのです。実は太陽は星としては大きくもなく小さくもない中くらいの星なのです。このことが星の寿命には大切で、大きいものや小さいものはもっと早くに大爆発をして死んでしまいます。太陽が50〜80億年と長生きしていることが、生命を生み出すのに欠かせなかったことがわかります。
地球の歴史
これから生命のはじまりの話しをしていきますが、生命は40億年も前に地球の上にできたわけです。したがって、地球の誕生当時に戻ってその出来かたをしらべてみなければなりません。46億年前のことを正確に知るのはむずかしいことですが、天文学者や地球物理学者の努力のおかげで、地球誕生当時のことをかなり正確に知ることができるようになってきました。地球は(教科書図1.1)のように太陽の一惑星ですから、地球の誕生のことを知るには親の星、太陽がどのようにしてできたのかにまでさかのぼらなければなりません。太陽はどのようにして出来たのでしょう?実は太陽はその近くにあった他の星の死からはじまったものなのです。星が死ぬ時には大爆発をもって一生を終えます。大爆発といいましたが、激しい宇宙をとどろかすような大爆発のことです。超新星爆発といいます。この爆発の衝撃は激しい爆風となって宇宙に広がっていきます。この衝撃波が広がっていくときに宇宙のちりと星間ガスとをふきよせて1つの大きなうずをつくることがあります。こうして渦の中心に太陽が誕生したとされています。その中心には宇宙で一番多い元素は水素、次に多いヘリウムのほか、アルミニウムや鉄などの金属、それから岩石、水も含まれていました。とにかく想像を絶するような高温ですから、それらは蒸発した気体のごったにのようなものと思ってください。激しい渦の中心に太陽があり、そのまわりに同心円状にガスがあったとされています。そのガスも冷えていくにつれて固まりはじめて地球を含めて惑星がつくられていきました。固まりはじめたとはいえ、まだ灼熱の溶融した状態です。図1.1のように、太陽の惑星がつくられていきました。地球が誕生したのは46億年前とされています。「ライフサイエンス系の基礎有機化学」表紙裏に示した元素周期表をみてください。元素は1番軽い水素から1番重いウランまで軽いものから重いものへと並んでいます。

地球が誕生してすぐには、これらの元素はすべて灼熱のごったにの状態でしたから、重い元素は中心へと沈み、逆に軽い元素は表面へと浮いていったでしょう。重い金属の鉄、コバルト、ニッケルや銅は地球の中心へと沈んでいきました。中間にはアルミニウム、ケイ素、リン、マグネシウムなどの比較的軽い元素が層をつくりました。表面には一番軽い水素、炭素、窒素、酸素などが浮いてきて層をつくりました。しかし、現在の地球の地殻にこれらの元素は存在するのでしょうか?

このうち、表面に浮いてきた水素、炭素は宇宙での比率の水素1000、炭素0.3に比べて、地殻ではそれぞれ0.03、0.0005とその比率を極端に減らしています。どこかにいってしまっています。水素については他の理由例えば地球のように比較的小さな惑星では一番軽い水素を引きつけれずに離れて行ったことも考えられます。しかし、炭素の減り方は異常です。何かの理由を考えなければ説明できません。実は地球にあった炭素のほとんどすべてが生物となって利用されたとすればこのことは説明できます。現在の地球の地殻に多い元素は何でしょう?それは、酸素を除くと、ケイ素、アルミニウムなどで、中間層にあったとされる元素が地球の表面の土の主成分になっています。地球にあった炭素、水素、窒素のほとんどすべてが現在地球に生息する生物にそっくりもっていかれているといえます。生物が誕生して40億年経ちますが、生物はこの間に地球の環境を大きく変えることに関わってきたことがわかります。例えば人類が地球環境のことを考えずに我がもの顔をするふるまいはこの事実をみてみると、おかしなことと思えませんか?地球と生物の関わりは長い歴史があり、たかだか数百万年前に登場した人類だけのものではないのです。
化学進化
地球誕生当時の簡単な化合物
さきに述べたように地球は誕生当時は高温の気体の球の世界であったでしょう。このような時には、地球の元素の原子どうしから化合物はつくれずに、それぞれ切れた状態であったと思われます。高温の気体の球の地球もだんだんその熱が宇宙空間へと失われていき、次第に温度が下がっていきました。そしていくつかの簡単な化合物がつくられていきました。表にその名前と構造を示しました。このうち、メタン、アンモニア、水は現在の地球の兄弟である他の惑星にもみられますから、量的にも多く存在したと考えられます。その他にもアンモニア、シアン化水素などもありました。水素もあったと思われますが、水素は一番軽い元素であり、比較的小さな惑星の地球の引力では引き付けるのが困難で、次第に地球から離れていったと思われます。宇宙に一番多く存在するはずの水素が地球の地殻に残っていないのは、生物に利用されただけではなく、水素自体が地球から離れていったことにもよるのです。しかし、水素は宇宙で一番多いわけですから、地球誕生当時の簡単な化合物を水素で飽和するのには十分でした。このように、化合物が水素で飽和された状態を還元された状態といいます。水は酸素が水素で還元されたもの、メタンは炭素が水素で還元されたものです。アンモニアは窒素が水素で還元されたものです。最初の簡単な化合物として、一酸化炭素や二酸化炭素も存在したとの説もあります。しかし、地球が誕生当時水素で飽和された状態であるならば、一酸化炭素や二酸化炭素は存在していたとしてもごくわずかではなかったかと思われます。地球の当時の温度は冷えてきていたとはいえ、まだかなりの高温でしたから、これらの簡単な化合物は地球の表面近くに気体として存在していました。地球がさらに冷えていくと、地球の中心にある重い元素が液体になりはじめました。さらに固体へとなっていきます。しかし、中心への圧力のために、中心部はなかなか固体にはなれずにどろどろした液体の状態が続きました。一方、ケイ素やアルミニウムなどを含む中間の層は冷却するにつれてかたい殻になりはじめ地殻がつくられていきました。地殻ではその重みによってひだが生じ、山脈がつくられました。それよりも軽い元素を含む簡単な化合物は気体としてその山脈をおおっていました。さらに表面が冷え出すと、その気体が液体となり、雨となって地殻に注がれはじめました。表にしめしたように、水はこの中でも一番液体から気体になる温度−沸点が高いわけですから、雨になって降り注いだのは水に他なりません。当時水蒸気の層は500kmくらいあったとされていて、それが雨となって地殻に降り注ぐのですからすさまじいものでした。最初は地殻の温度が100℃以上であったために、水蒸気爆発のようになって気体に舞い戻っていました。しかし、このくりかえしをしていくうちに地殻も冷えてきます。雨はついに地殻にたまりはじめました。雨は何百年もの間ふりそそいだでしょう。そして、山から水が滝のごとくくぼ地へと流れ込み、くぼ地に海ができたいきました。この海にメタン、アンモニア、シアン化水素などの簡単な化合物も溶け込んでいきました。水が山をけずって海へと流れ込んでいくときに、いろいろな金属や塩も溶け込んでいきました。海洋にある火山でもさかんに海へ直接に金属や塩を注ぎこんでいきました。おそらく早い段階で、海にはこれらの金属や塩が溶け込んでいったとされています。こうして水の惑星−地球が誕生したわけですが、このこと自体たいへんな奇跡なのです。前に図に太陽系の惑星のすべてを示しましたが、地球は太陽から近くもなく遠くもない丁度よい距離にあります。太陽に一番近い水星では温度が太陽面で430℃にもなり、水は液体で存在できません。それでは地球の隣の金星ではどうかというと、90気圧環境が温室効果を引き起こし、温度が500℃あるといわれています。ここでも、水は液体として存在できません。逆に地球より1つ外側の火星では赤道面での温度が10〜20℃あるといわれます。しかし、火星の気圧が小さいために、水が液体として存在するか微妙なところです。おそらく、氷として存在するのではないかと思われます。さらに火星より太陽から遠い木星には水は氷として存在しています。地球だけが、水が液体として存在できる位置を与えられていることがわかります。また、地球が暖かい環境にあるもう1つの理由は地球をとりまく大気が程よい温室効果を果たしているからです。さきほど、金星の温度が水星よりも高い500℃になることに疑問をもった方も多いでしょう。実は、金星では地球よりも格段に厚い二酸化炭素の層でおおわれていて、その温室効果で温度が500℃にもなるのです。金星になぜ二酸化炭素が多いのかというと、最初二酸化炭素は水の中に溶けていたのに、水が液体として存在できなくなって金星の空間に放出されたのではとされています。地球でも、二酸化炭素が増えすぎると、金星の二の舞いになることも考えられます。生命が誕生するのに、水が液体として存在することは必須ですが、この液体には二酸化炭素を溶かし、大気の二酸化炭素の濃度を押さえるという大事な効果もあるのです。
有機化合物の誕生
生命をかたちづくるタンパク質、脂質、核酸、糖質の構成成分はすべて炭素を主体に、水素、酸素を含む有機化合物からできています。その1つ1つについて構造を注意してみると、簡単な化合物に比べてはるかに複雑なものであることがわかります。最初にあったとされる簡単な化合物から果たしてこれらの複雑な有機化合物ができるのだろうか?1940〜1950年代の生命科学者たちの中には疑問をもち続け、生命は宇宙からもたらされたのではという考えに傾倒する人たちまで出てきました。1953年、アメリカのミラーは当時シカゴ大学の大学院の学生だったのですが、教授のユーリーのアイデアをもとに新たな実験を試みました。ユーリーの解析すなわち原始の大気がアンモニアを含む還元的なものであるとのアドバイスをもとに、メタン、アンモニア、水素、水を図の装置の中に入れて、タングステン電極による火花放電を1週間ほど行わせました。図の5lのフラスコは原始大気になり、冷却水のところで、雨となりトラップの部分の海に流れ込みます。海の水は水蒸気となってまた大気に戻り、反応に加わります。このような実験のことを現在ではシュミレーション実験といってごく一般的なものになりました。しかし、当時としては画期的な試みであったのです。シュミレーション実験とは模擬実験ともいえる手法です。わたしたちは、地球誕生当時に戻ることはできないけれども、実験室で当時と同じような環境をつくりだし、その実験からあることが証明されれば、原始地球でも同じことが起きたということができます。結論が遅くなりましたが、結果は驚くべき事実を含んでいました。この実験から表に示したように、多くのアミノ酸がつくられることが証明されました。簡単な化合物から複雑な有機化合物が火花放電のエネルギーによってつくられるのです。2章のアミノ酸の構造と比べて、どんなアミノ酸がよくできているかみてください。比較的簡単なアラニンやグリシンが多く含まれていますね。原始地球では、火花放電も1つのエネルギー源でしょうが、放射線や紫外線のエネルギーも強かったでしょう。その後、多くの化学者がミラーとちがった条件でこの問題にとりくみました。特にシアン化水素を加えたら、核酸の塩基をつくれることもわかりました。おそらく、原始地球上で当時の豊富なエネルギーをもとに簡単な化合物から複雑な有機化合物がつくられていったことでしょう。このように、簡単な化合物がひとりでに複雑な化合物へとなることを生物進化にたとえて化学進化というようになりました。
高分子有機化合物の誕生
前にも述べましたが、生命をつくる物質、タンパク質、核酸は高分子物質です。タンパク質は、その構成単位の20種のアミノ酸がペプチド結合でつながったものです。核酸は、その構成単位のヌクレオチドがつながったものです。多糖質はその構成単位の単糖のグルコースなどがつながったもです。脂質自体は高分子ではありませんが、中性脂肪の場合、脂肪酸とグルセリンがエステル結合でつながります。これらの結合にはいずれも脱水結合が共通に使われています。原始地球において、これらの脱水結合反応は簡単におきたのでしょうか?答えはイエスです。例えば、実験室でアミノ酸の混合物を加熱してくと、アミノ酸どうしがペプチド結合でつながったタンパク質ができていきます。150℃の加熱によってタンパク質ができていくことがわかりました。原始地球ではこのような環境は十分考えられます。しかし、生命が海の中の水中で起きたとするならば、150℃という高温以外で脱水縮合がおきる必要があります。この問題の解決はすぐにみつかりました。適当な触媒があれば、温度をもっと下げても、脱水反応がおきることがわかったからです。図にポリリン酸とよばれる触媒の1つを示しました。この触媒を使えば、水溶液中でも、アミノ酸のつながったタンパク質ができたり、アデニン、リボースとリン酸がつながったアデノシンヌクレオチドができることがわかりました。ポリリン酸は図に示したアデノシン−三リン酸とよく似ていてリボースにアデニンとリン酸が3つ直列につながったものです。英語でAdenosine-5'-triphosphateといい、その頭文字をとってATPとよばれています。この物質が生体内のエネルギー通貨であることを知っている人はおおいでしょう。1個目のリン酸と2個目のリン酸をつなぐエーテル結合、さらに2個目のリン酸と3個目のリン酸をつなぐエーテル結合の部分を波線〜で表しています。これは高エネルギーリン酸結合とよばれます。リン酸のP=Oの酸素のところがδ−になっていて、1個目と2個目また2個目と3個目のリン酸をつなぐのに、かなりのエネルギーが必要です。したがって、このATPがAdenosine-5'-diphosphate (ADP)とPi [PiとはPのinorganic(無機のリン酸の意)]に加水分解されると、1モルのATPから7.3 kcalのエネルギーが出ます。
ATP→ADP+Pi+7.3 kcal
原始地球の早い段階でこのようなATPができていた可能性もあります。そうすれば、生命に必要なタンパク質、脂質、多糖類、核酸といった脱水縮合物ができていったことは容易に類推できます。これまでの化学進化の流れを図に示しました。これらの1つ1つの段階を整理してみてください。
生物進化
生物進化とは生命体の細胞が誕生し、その細胞が進化して現在にいたる永い道のりのことです。この道のりはこれまで話してきた化学進化から順序だって次の段階に入ったというのでなく、本当に偶然に始まったものと考えてください。生命をつくる物質のタンパク質、脂質、多糖類、核酸、無機質などが集まり、細胞がつくられたわけですが、奇跡の出来事だったかもしれません。しかし、いったん細胞生命になると、もうその流れは止まらないのです。ある方向へと走りはじめたのです。その流れ、方向をたどってみることにします。
始原細胞の誕生
永い化学進化の間に生命を形作るタンパク質、脂質、多糖類、核酸(生命物質と呼ぶこのにします。)、それに無機質などは海の中に溶け込んでいきました。しかし、海は広く大きいのです。そこにこれらの生命物質が溶け込んでいたとしても、その量はわずかなものですから、濃度は薄すぎるほどのものであったといえましょう。皆さんに理解してほしいことですが、物質の量と濃度の関係です。生命物質の量を海の水の容量で割ったものが、濃度ですが、生命物質の濃度がいかに薄いものになるかは容易に想像できるでしょう。4章に細胞の電子顕微鏡写真を示しましたが、細胞の中をのぞいてみると、いかに生命物質が濃縮されているかがわかると思います。このような状態とならなければ、細胞生命にはならないのです。海の中に高々生命物質が溶けていたとして、その濃度からは簡単に細胞はできないのです。生命を生み出すには大きなハードルがあったといえます。それを取り除くには、永い年月の間のくり返しによる生命物質の濃縮を考えなければなりません。その生命物質の濃縮が起きるような場所がどこかにあるでしょうか?浜辺の砂浜や粘土質の浜などを考えてみましょう。砂や粘土は有機化合物を吸着する性質があります。永い年月の間に生命物質は浜辺の砂や粘土質の水たまりの中にたくわえられて、その水たまりは蒸発しはじめました。たまたま細胞をつくるのに十分な材料がそろっていた水たまりがあったとしましょう。生命物質は濃縮されていき、ついにリン脂質が膜をつくりました。そして最初の始原細胞ができあがったのです。これはあくまでの想像の世界ですが、この地球に間違いなく少なくとも1回、このような生命の”自然発生”がおきたのです。しかし、このように想像していうと、いとも簡単に細胞ができたと誤解されかねません。わたしたちが実験室で生命物質を混ぜあわせて細胞がつくれたという話しはだれも聞きませんね。この作業はとても偶然としか言い様のないことでした。何億年の自然の試行錯誤の結果が生み出した出来事であり、とても人類が手におえるような代物ではないといってよいでしょう。例えば、せっかく出来上がろうとしていた細胞が大波で押し流されたこともあったでしょう。程よく続いていた日照りが突如大嵐がきて、雨につぶれたかもしれません。とにかく、偶然の偶然によって細胞ができたことを知ってください。しかし、いったん細胞ができると、もう細胞は元に戻れません。新たな流れ、方向をもって歩みはじめます。
細胞のはたらき
細胞はどんなはたらきをするのか考えてみましょう。無生物の世界では、図のように無秩序性が増大していきます。これを熱力学の第二法則といいます。例えば、コンクリートの建物もいくら立派なものとはいえ、だんだんこわれていき、最後にはこわれてしまいます。しかし、細胞は秩序を保とうとします。そのためには、熱をまわりに放つことにもなり、まわりの環境はさらに無秩序性を増すことになります。生命細胞の誕生は環境をさらに無秩序化することになります。こう考えていくと、細胞生命の誕生はまわりの環境を巻き込んだ大きな変化を与えることは必定なわけです。表に細胞生命のおこなう活動をまとめてみました。1.栄養−細胞は自らの生命活動を行うのに栄養が必要です。栄養になるものは、エネルギーをもつ物質です。表のようにエネルギーとなるものはその物質に化学エネルギーとしてエネルギーが貯えられたものです。すべて水素で還元された物質で、それが、糖質、脂質、タンパク質であり、酸素と反応すると燃焼するものです。燃焼したときに化学エネルギーが熱エネルギーになっていることに注意してください。2.呼吸−この言葉は我々が酸素を肺から取り入れ、二酸化炭素を吐き出すことと思っておられる方もいるでしょうが、広義には、栄養物質を取り込み、それを酸素と反応させ、二酸化炭素と水にまで分解し、エネルギーを取り出す過程のことと理解できます。とった栄養をエネルギーに変える必要があるのです。3.増殖−細胞生命は子孫を残すことができます。このことが、実は生命の一番の特徴かもしれません。他にも、生命細胞のはたらきを書いていますが、さしあたり、これらの言葉の意味を理解してもらえば、これからの勉強には十分です。いったん細胞生命が誕生すると、どんなことがおきるのでしょう?まず、始原細胞は栄養をとらなければなりません。その栄養は海に残っていた有機化合物でした。その結果、二酸化炭素が発生します。しかし、当時は地球には酸素はありませんでしたから、
C6H12O6    → 2C2H5OH  +  2CO2
グルコース    エチルアルコール 二酸化炭素
のようないわゆるアルコール醗酵とよばれる無気呼吸でした。無気の気とは酸素のことをいい、無気呼吸とは、酸素のないところで栄養を取り出すことと理解してください。こうして今まで地球にあったとしてもわずかである二酸化炭素ができはじめました。次に始原細胞の中に増殖するものがあらわれると、海の中の有機化合物はあっという間になくなってしまいました。有機物に富んだ海はいっぺんに栄養物のない無機的環境へとなってしまいました。増殖をはじめた始原細胞はもうあとには戻れません。何の計画もないままに突っ走るのと似ています。
従属栄養生物から独立栄養生物へ 化学合成生物
始原細胞があっという間に増殖してしまうと、海に残っていた有機物はなくなり、生物としては困った事態になりました。生きていくための栄養がないのです。生命は誕生してほどなく、この危機に直面してしまいました。この事態にまず行えることは、始原細胞どうしでお互いを食い合うことだったでしょう。細胞の中には、共生して弱肉強食の世界に立ち向かおうとするものもあらわれたかもしれません。そのような試みが弱肉強食の世界を行く抜くのに必要であったと思われます。しかし、お互いの細胞どうしのどちらかが犠牲になる方法での急場しのぎは、細胞生命の進化に何らプラスにはなりません。2つの細胞生命のうち1つは食べられて死ぬのですから、個体数は減ってしまいます。何か他の方法を見つけださなければ、せっかく誕生した細胞生命の未来も風前の灯火でした。しかし、この危機にさらされたからこそ、細胞生命は新たな進化を遂げたのかもしれません。おそらくそのような試練が次の細胞生命の進化に影響を与えていたともいえます。最初の驚くべき進化が化学合成生物としてあらわれました。図のように、化学合成生物とは、地球に存在するエネルギーをもつ簡単な化合物、例えば、硫化水素(H2S)や亜硝酸(HNO2)などを酸化してそのエネルギーを自身の栄養にする生物のことです。最初の細胞生命は従属栄養生物でしたが、化学合成生物が初めての独立栄養生物です。表に化学合成細菌の特徴を示しました。図のように、取り込んだ化学物質のエネルギーをグルコースに変えることができます。この化学合成生物の登場は画期的でしたが、これで細胞生命の永久の繁栄が約束されたのかというと、答はノーです。何故ならば、硫化水素(H2S)や亜硝酸(HNO2)などの化学物質は地球に無尽蔵にあるものではないからです。なくなってしまったら、これらの化学合成生物の将来はありません。それでは、地球における無尽蔵のエネルギーは何でしょう?それは、次に話す太陽の光エネルギーなのです。
光合成生物の誕生と酸素革命
太陽はいわば天然の原子力発電所のようなものです。太陽の中心では核融合反応が起きていて莫大なるエネルギーを生み出しています。その結果として有害な放射線も出るのですが、地球は太陽から離れているために害が少ないわけです。これまでの話してきましたが、太陽は比較的長生きな星で、太陽があるかぎり我々はそのエネルギーの恩恵にあずかれるわけです。しかし、その太陽のエネルギーを直接に得ることのできる生物はいませんでした。光合成生物が初めて可能にしてくれました。エネルギーの保存の法則については皆さんもおわかりでしょうが、エネルギーはいろいろな形で貯えられます。図をみてください。太陽を例にとれば、熱エネルギーはその1つの形ですね。太陽がかんかんに照りつける夏に温度があがるのはそのせいです。太陽の核融合反応の結果、太陽風が吹き、そのエネルギーが風のような運動エネルギーになることもあります。太陽からは光のエネルギーも出ています。光のことを物理学では電磁波とよび、いろいろな長さの波からできた粒子の集まりのことです。波の山と次の山(もしくは波の谷と次の谷)の距離のことを波長といいます。この波長は生命科学の勉強にも時々登場するので覚えておいてください。光には目に見える光いわゆる七色の虹の光があります。これを見る(視る)ことの可能な光という意味で可視光線といいます。七色の虹の光とは赤、橙、黄、黄緑、緑、緑青、青、紫の色の光ですが、赤色の光の波長は800nm (0.8μm)くらいで、紫の光の波長は400nm (0.4μm)くらいです。赤色から紫色になるにつれてその光の波長がだんだん短くなっていきます。光には目に見えない光もあります。赤色よりも波長の長い光には赤外線があります。それよりも長いものにはラジオ波があります。一方、紫色よりも波長の短い光に紫外線があります。赤外線も紫外線も赤または紫の外側の波長の光という意味です。紫外線よりもさらに短いものに、x線、γ線や宇宙線があります。これらの光の中でどれがもっているエネルギーが大きいか考えてみましょう。アインシュタインの光量子仮説によると、光のもつエネルギー()は
E = hc
とあらわされます。ここで、hはプランク定数、cは光の速度、λは光の波長(cm)です。光の波長が短ければ短いほどその光のもつエネルギーは大きくなります。したがって、光の中でエネルギーが大きいのは、紫外線、x線、γ線や宇宙線などであることになります。私たちが夏に肌が日焼けしたり、冬にスキーで雪焼けしたりするのは、この紫外線のせいです。前置きが長くなりましたが、地球に初めて誕生した太陽の光エネルギーから自分の栄養を作りだせる生物はこれらの光のうち可視光線を利用しています。その詳しい理由はあとで説明します。ただし知ってほしいことは、あまりエネルギーが大きい光例えば紫外線、X線やγ線を使うと生物の遺伝子DNAがこわれてしまうこともあります。現在生息する光合成生物にはどんなものがいるか考えてみましょう。表のように、モネラ界の生物にも光合成細菌、ラン藻、好塩性細菌などがいます。真核生物には原生生物、藻類、高等植物などがいます。このことから、光合成生物は生命が誕生してのちかなり早い時期に誕生していたことになります。化石の分析から35億年前には光合成細菌やラン藻の祖先がいたとされていて、光合成の歴史はかなり古いことがわかります。光合成生物の特徴を図に示しました。光合成生物は光のエネルギーを吸収できる色素を持っています。そのエネルギーはグルコースC6H12O6のようなエネルギーをもった化合物になり、生物のエネルギー源となります。化学式であらわすならば、
6CO2+12H2O→C6H12O6+6H2O+6O2
となります。
エネルギーの保存の法則でいえば、太陽の光エネルギーはかたちをかえて、グルコースのような化学物質となり、化学エネルギーにかたちをかえるわけです。こうして、太陽の光エネルギーのような恒久的に存在するエネルギーを初めて恒久的にグルコースという化学エネルギーのかたちに変えることのできる生物が現われたのです。これはまさに革命的な出来事でした。地球上に残っていたわずかな有機栄養物質を奪いあうのではなく、自分自身が栄養をつくりだすのですから、生命活動には何の心配もありません。しかも、エネルギー源は太陽からくるわけで、存分すぎます。化学合成生物のような遠慮もいりません。光合成生物がまさに革命的に地球の環境を一変させるように繁殖していったことは想像に難くありません。オーストラリアには現在でもストロマトライト(石のベッドの意味)と呼ばれる奇岩が海辺にみられますが、これはラン藻の仲間の繁殖によってできたものであることが示されています。光合成生物も最初は海の中で誕生したのですが、海の中を一変させてしまうかのように繁殖していったことが想像されます。こうして光合成生物が誕生し、繁殖していくと、地球の環境はこれまでと全くちがったものになっていきました。その変化をまとめてみます。
従属栄養生物の繁栄の保障
さきに述べましたが、光合成生物の誕生の結果、太陽の光エネルギーのような恒久的に存在するエネルギーを初めて恒久的にグルコースという化学エネルギーのかたちに変える生物系ができたことでは従属栄養生物にもこのうえもなく有り難いことでした。従属栄養生物は光合成生物の栄養を奪えば生命を保てることになります。光合成生物が誕生したのち、動物と呼ばれる生物がものすごい勢いで進化しはじめました。詳しくはあとで説明しましょう。
酸素革命
原始地球には酸素はなかったと説明してきました。前にも話しましたが、酸素Oは常に水素によって還元された水H2Oになって存在していたからです。しかし、光合成生物はこの水H2Oを酸化して水素原子を取り出します。水の電気分解と同じようなものです。光合成生物の誕生によって初めて酸素が地球上に解き放たれることになりました。酸素が地球上にたまりはじめたことで生物も地球の環境も革命的に変化しました。地球上に酸素ができはじめた結果生じたできごとを図にまとめてみました。酸素はまず光合成生物の住んでいた海にたまりはじめました。酸素は海にあった金属や鉱物質を酸化していきました。例えば、鉄(Fe)は酸化されてFe2O3やFeOになりますが、酸化された鉄鉱石は沈澱して鉄鉱石の層をつくっていたことが知られています。有名な鉄鉱石の産地にはそうやってできたところもあります。現在地殻に存在する鉄はすべて酸化された鉄鉱石であり、そこから金属の鉄(Fe)を取り出すには精錬という鉄鉱石を還元する操作が必要です。海に酸素が飽和されると、酸素は大気へ放出されていきました。図に示したように、地球の大気はこれまで還元されたメタン(CH4)、アンモニア(NH3)、シアン化水素(HCN)などのように還元されたものだったのが、二酸化炭素(CO2)、窒素(N2)、水(H2O)など酸化されたものになっていきました。現在の大気中の成分と地球誕生間もないころの大気中の成分の比較を表に示しました。このような大気中の成分の劇的な変化が光合成生物がつくりだした酸素のせいであることは不思議なことですが、厳然たる事実です。さらに酸素が増えていくと、紫外線と酸素が反応してオゾンができました。紫外線のエネルギーで3O2→2O3となり、それが大気の上層部をおおうようになっていきました。図のように地球の上空は対流圏、成層圏、中流圏、熱圏、さらに外圏からできています。オゾン層はこのうちの成層圏にあって30〜50km上空にあり、厚さは約20kmあります。オゾンは紫外線を吸収する性質をもっています。紫外線は生物の遺伝子DNAの働きを妨害したり、DNAそのものをこわしたりします。光合成生物が誕生する前にはオゾン層がないために地上に直接紫外線がふりそそいでいました。前にも述べたように紫外線は強いエネルギーをもっています。したがって生物は海の中にひっそりと住むしか生きる道はありませんでした。だいたい海の水面下数メートルより深いところに住まないと紫外線の影響をうけたようです。オゾン層ができていくと、生物は海のさらに浅いところへ浮いていけるようになりました。すると、光合成に必要な可視光線の量は増えますから、さらに光合成の効率があがることになりました。そのことがさらに酸素を放出することにもつながりますから、光合成生物はさらに浅いところで繁殖していくというように、よい結果がさらによい結果をもたらす、好循環をもたらしました。従属栄養生物にとっても、酸素の登場はエネルギー獲得に画期的な進歩をもたらしました。詳しくは第4章で話しますが、生物は酸素のない条件下での呼吸(無気呼吸)では、下の化学反応式のように、エネルギーの通貨であるATPを2個しかつくれません。
C6H12O6→2C2H5OH+2CO2+2ATP   ・・・・・・無気呼吸
C6H12O6+6O2→6CO2+6H2O+38ATP ・・・・・・有気呼吸
これに対して酸素を積極的に使う呼吸(有気呼吸)では、ATPを最大38個もつくれるようになるのです。酸素があると、細胞内でのエネルギー生成は19倍にもなるのです。光合成生物が誕生し、酸素ができはじめたのちに、従属栄養生物のうち、現在後生動物に属するものが急激に枝分かれしながら増殖していったことが、生物の化石をしらべることでわかります。地層をしらべると、その地層がどれだけ前にできたものであるかがわかりますが、その地質年代と生物の化石をみていくことで、生物の進化のようすを知ることができます。図に示したように、地球上に酸素がたまりはじめたころから、現存する後生動物の祖先が枝分かれしながら進化してきたことがわかります。現在大気中の酸素の比率は21%ですが、酸素濃度が現在の大気の1%のあたりが、生物が無気呼吸から有気呼吸に切り替えるところで、発見者のフランスのパスツールに因んでパスツール点と呼んでいます。このパスツール点に到達したのは、今から約6億年前あたりです。確かに、このころに動物、植物ともに生物は急に枝分かれをしはじめて、進化していったことがよくわかります。このように酸素が生物の進化に果たした役割は大きく、酸素革命と呼ばれるに値するものであることを理解してください。
単細胞生物から多細胞生物へ
これまでの話しで誕生した細胞生命について、単細胞生物と多細胞生物にあまりこだわらず話してきましたが、ここで多細胞生物はいつごろどのようなわけで登場してきたのかを考えてみたいと思います。モネラ界の生物である細菌やラン藻がもっとも起源の古いものであることは話してきました。これらの生物は基本的には単細胞生物です。しかし、ラン藻の仲間には、ユレモやネンジュモのように多細胞体を形成するものがあります。細菌を寒天培地で培養すると、
目には見えないはずの細菌が集落(コロニー)を作って目に見えるまで増殖します (図)。このように集落をつくることは生物にとって有利なことが多いのです。お互いに栄養物質の受け渡しや交換ができれば、寒天培地の栄養があるところにいない細胞でも生きていくことができます。図のように外部の刺激に対して1個の細胞では耐えきれずにあっという間に死んでしまうかもしれません。ところが、細胞の集落をつくると、それらの細胞の集落が外部の刺激に対して協調して刺激をやわらげるようなことが可能になります。この生命細胞のもつ不思議な力は科学的にも説明できないものなのですが、実際にそういう力が生じるのです。火事が起きたときに、重いタンスを持って逃げだせたといういわゆる火事場の馬鹿力のようなものを集落をつくった細胞は持っているのです。
原核生物のモネラ界の生物より一段進化した真核生物の原生生物ではさらに面白い多細胞化がみられます。原生生物の仲間のべん毛をもったものは図のようにべん毛状の集落をつくります。アメーバーの仲間には細胞分裂はするものの集落をつくるもの、いわゆるアメーバー状集落をつくるものがあります。細胞壁をもった植物型のものには、細胞分裂で集合体をつくりますが、細胞の隔たりである細胞壁や細胞膜を失って一体化した管状多核状集落もみられます。さらに、これが一番進化した集落なのですが、整然と4細胞状の集落をつくるものもあります。このような整然とした細胞分裂による組織化はのちの後生植物や後生動物の組織や器官をつくるうえに大切な多細胞化へのみちすじでした。このようにして、単細胞生物が多細胞生物へと進化することは生命細胞の環境への適応の面からみると、必然の道だったといえましょう。
動物、植物への分化の道
原生生物には多種多様なものが現存しています。光合成のできる独立栄養生物もいます。その中にはミドリムシのように動き回れる動物のようなものもいます。クロレラのように植物の原形のように細胞壁をもつものもいます。原生生物といえば、夜光虫やゾウリムシのように動物の原形とみれるものも多くいます。原生生物をみることによって当時の生物の進化の道のりがいろいろな方向例えば従属栄養生物への道、独立栄養生物への道、またはその両者への道と試されたことがうかがえます。どの方向が正しかったのかはいえませんが、現存する生物に現にそれらのすべてのものが生息するわけですから、結果的にそれらはは正しい選択であったのかもしれません。どのようにして原生生物は後生動物、後生植物へ進化していったのでしょう?図のように原生生物の中には、その運動に大切ばはたらきをするべん毛を捨てて、休眠状態に入るものがいます。休眠するためには、細胞の外側にゼリー状のペクチンとよばれる高分子の吸水性のつよい物質を分泌して壁を作ります。このような壁をもつことで、乾燥した環境でもある程度生きれることになります。そして、この休眠した細胞が光合成能力を持てば、独立栄養により生きていけることになります。おそらく、このように原生生物の中で休眠して光合成能力をみにつけたものが、後生植物への道をたどりはじめたのかもしれません。一方、べん毛を捨てずに活動型の生物が後生動物へと進化していったものと考えられます。現存する原生生物は後生動物、後生植物への進化には到れなかったけれども、現存しているものと考えられます。前に話した単細胞生物から多細胞生物への進化と原生生物から後生動物、後生植物への進化を備えあわせて、生物は急激に分化、進化をとげていくのです。
生殖形式の進化
モネラ界の生物には雌雄の区別がなく、遺伝子DNAの複製と細胞分裂によって増殖していきます。このようにして子孫をのこす生殖形式を栄養生殖といいます。この方法では子孫をたくさんのこせるので一見有利な生殖形式とも思えます。しかし、進化の点からみれば、その細胞にいくらかの突然変異が起きたとしても同じような複製をくりかえすだけで、進化にとってプラスは少ないようです。原生生物や菌類では、生殖器官が胞子を形成し、その接合によって新たな個体を生じます(胞子形成)。多細胞生物では雌雄の生殖器官から配偶子がつくられ、その配偶子どうしの受精により接合体ができます。接合体は発生の過程を経て子孫をつくることになります(配偶子生殖)。配偶子生殖は配偶子形成の段階においてのみ子孫をつくるわけで、栄養生殖や胞子形成の場合に比べて、多くの子孫を残せない不利があるようにもみえます。しかし、すぐれた配偶子同士の接合次第では、とてつもなくすぐれた子孫を残せるわけで、進化の面ですぐれているといえるでしょう。生殖形式の進化が生物の進化をさらにすすめることになったことを理解してください。
植物の上陸、動物の上陸
生物は海に誕生し、光合成生物も海の中で繁殖していました。しかし、光合成生物にとっては、海の中よりも地上の方が太陽の光エネルギーを得るのにはいっそう都合がよいことはみなさんもおわかりでしょう。しかし、地上には紫外線が多くふりそそいでいるので近付けなかったのです。光合成生物が誕生し、酸素革命が起き、酸素が増えはじめると、大気中にオゾン層がつくられ、太陽光線のうち、紫外線は地上には届きにくくなってきていました。海の中にいた光合成生物の中には、より強い太陽光線のエネルギーを求めて、上陸を試みるものが現われました。しかし、この試みはけっして簡単にいくものではありませんでした。光合成生物のような植物は地上に行くには水分をどうやって保持していくかが一番の課題でした。最初に上陸した光合成生物はコケの仲間であろうといわれています。ゼニゴケのように湿ったところにみられるものが、最初に上陸したものと思われます。ゼニゴケは水分を逃がさないように、湿ったところに、まるで地をはうようにして生きています。しかし、スギゴケになると、地面に垂直に立って生きています。スギゴケでは、仮根、茎、葉という水分の通路をもつようになっています。後生植物のうち、高等植物になると、維管束とよばれる水分、養分の通路ができ上がっています。表に植物の器官が水分保持にいかに役立っているかをまとめました。根、茎、葉のそれぞれに水分保持のための工夫がなされていることに気をつけてみてください。このようにして、いったん植物が上陸を果たすと、その増殖は目をみはる勢いでした。それらは、現代になって私たちに化石燃料の石炭として広く使われていたわけです。地上が栄養の宝庫になったわけですから、従属栄養生物にしてみるとそれを見過ごすはずはありません。動物の仲間にも上陸を試みるものが現われました。最初に上陸したのはサソリの仲間といわれています。そののち、昆虫類が一世を風靡しましたし、恐竜が栄えたこともありました。地上で起きた動植物の進化はまさにダイナミックなものであったといえましょう。その1つ1つをここでは言及はしませんが、1つの始原細胞の誕生から始まった生命の歴史は常に連続した歴史であり、すべての生命は共通の祖先から生じていて、人類もその中の1つにすぎません。最後にこれまでの生命誕生の歴史を1つの図に示しました。それぞれのステップについて理解につとめてください。

宿題

ミラーの実験の意義を要約せよ。

始原細胞が誕生した過程を説明せよ。



4 生命の成り立ちと代謝[1](5/13/02)

細胞のはたらき
細胞生命のはたらき、活動にはどのようなものがあるのか考えてみましょう。それをおおまかにキーワードであげるなら、1.栄養作用 2.呼吸 3.合成 4.増殖 5.調節 6.適応にまとめることができます。むろん、これ以外にも大事な活動もあるでしょうが、これから、このキーワードのうち大切な1、2、3、5を簡潔に考えてみましょう。4については生命の伝わりのところで話します。6については、まだまだ解明されていないことがありすぎてここでは取り上げないことにします。
1) 栄養作用
動物は従属栄養生物であり、生命活動のためのエネルギーのすべてを栄養物質として他に依存しなければなりません。生命のはじまりで話してきたように、従属栄養生物が現在生息できるのは、光合成生物をはじめとする独立栄養生物の存在があるおかげです。
栄養物質の特性
 さて、栄養物質とはどのようなものなのか考えてみましょう。よくいう三大栄養素という言葉があります。それは、糖質、脂質、タンパク質のことです。前に勉強したように、これらは生体を構成するのになくてはならない物質でした。その1つ1つの特徴については、2章に戻ってもう一度見直してみてください。糖質、脂質、タンパク質には1つの共通な特性があります。糖質を構成する代表的な単糖−グルコース(C
6H12O6)、脂質を代表する脂肪酸の1つ−パルミチン酸(C16H32O2)、タンパク質を構成するアミノ酸の代表として−L-アラニン(C3H7NO2)のいずれも炭素(C)に水素(H)がたくさんついた還元された物質です。還元された物質はエネルギーを多くもっています。どれにエネルギーがあり、どれにエネルギーがないのか見分けがつかないという人は、その物質を燃やしてみるとわかります。燃やすということは、酸素(O2)と反応させて化学反応を起こすかということと同じことです。
C
6H12O6+6O2→6CO2+6H2O
C
16H32O2+23O2→16CO2+16H2O
C
3H7NO2+ 3O2→3CO2+2H2O+NH3
のようにどれも酸素と反応することがわかります。
それでは、CO
2やH2Oはエネルギーがあるのかというと、これらは酸素で飽和されていますから、もうこれ以上酸素とは反応しません。したがって、もっているエネルギーはわずかであることになります。お酒を飲みすぎると、太るのかどうか、お酒を飲んでも太らないという結論は正しいでしょうか?お酒の成分−エチルアルコール(C2H5OH)は酸素と反応させてみると、
C
2H5OH+3O2→2CO2+3H2O
で酸素と反応しますから、エネルギーをもった化合物であることがわかります。お酒−エチルアルコールを飲んでもそれはエネルギー源になり、太るもとになるわけです。三大栄養素の糖質、脂質、タンパク質はいずれも物質内にエネルギーを貯えた物質であることがわかります。このように、物質内にエネルギーが化学エネルギーの形で貯えられているのです。

図のように、細胞は三大栄養素の糖質、脂質、タンパク質を取り込み、酸素と反応させてエネルギーを取り出します。そのエネルギーは3章で述べたように、ATPという細胞内のエネルギー通貨の形で貯えられて、必要に応じて利用されています。
消化と吸収
糖質、脂質、タンパク質のうち、多糖質やタンパク質は高分子であり、そのままの形では膜を通過できません。したがって、取り込んだ多糖質やタンパク質それに脂質もその構成成分にまで加水分解してやる必要があります。これを消化といいます。消化の過程は動物では、胃や小腸のような消化管でおきるのですが、図にそれらの消化に関わる酵素とその化学反応を示しています。糖質、脂質、タンパク質はそれぞれの構成単位のグルコース、脂肪酸、グリセリン、アミノ酸にまで消化されたのち、細胞内に吸収されます。このうち、グリセリンは細胞膜を拡散によって通過できます。グルコースとアミノ酸は水に溶けやすい物質ですから、膜にはなじみにくく、能動輸送で細胞内に取り込まれています。
人の栄養
次に人は三大栄養素の糖質、脂質、タンパク質をどのような割合でとっているのかみてみましょう。人の栄養を考えるときにはエネルギーの単位として、カロリー(cal)を用います。1calとは1cm3の水を1℃あげるのに必要なエネルギーのことです。糖質とタンパク質は1gあたり4000cal(4 Kcal)のエネルギーをもっています。一方、脂質は1gあたり9000cal(9 Kcal)のエネルギーをもっています。1日に体重50kgの人はふつう2000 Kcalのエネルギーを必要としています。表に人の三大栄養素のエネルギー比率を示しました。上記の人は2000 Kcalの必要エネルギーを糖質として62%、脂質として25%、タンパク質として12%くらいの割合で毎日とり続けています。人の場合には、糖質はデンプンとしてとっています。脂質やタンパク質は肉や魚から主に取り入れています。このように人は植物由来、動物由来の栄養をバランスよくとっていることになります。人は何故三大栄養素を糖質として62%、脂質として25%、タンパク質として12%というような割合でとるのでしょうか?これに答えるのは簡単なことではありません。しいてあげるならば、糖質を一番多くとるわけは、3つの栄養素の中で糖質は即エネルギーになりやすく、脂肪酸にもアミノ酸にも変換できる一番柔軟性に富んだ栄養素であることでしょう。その点、脂質は糖質には変換されにくく、柔軟性に乏しいので、量的に少なくしているのでしょう。タンパク質は生体をつくる材料としての色彩がつよく、すぐに使えるエネルギーには向いていない栄養素なので、一番少ない割合にしています。このような議論は三大栄養素の代謝のところでもう少し詳しく話しましょう。さて、細胞が生きていくためには、三大栄養素だけでは不十分です。ミネラル(無機質)も必要です。さらに、ビタミンも必要です。表にそれらの役割を示しました。これらの必要性も代謝のところで、また話したいと思います。
2) 呼吸と合成
呼吸とは
 
呼吸という言葉は、生物が息をして、すなわち呼吸をして酸素を体内に取り入れて、体内で発生した二酸化炭素を吐き出していることだととらえられがちです。しかし、酸素は体内のどこに行って、吐き出したものが何故二酸化炭素なのでしょう?これは、生物の体内で化学反応が起きていることを物語っています。呼吸を広義にとらえると、栄養物質を取り入れた酸素で二酸化炭素と水にまで分解し、発生する二酸化炭素を吐き出すとともに、得られたエネルギーを取り出すプロセスであるといえます。
代謝とは
細胞の中では、様々な化学反応が同時にいたるところで起きています。細胞質や様々なオルガネラの中でも同時進行で様々な化学反応が起きています。これから、細胞内で起きる化学反応のことを考えてみましょう。細胞内における化学反応のことを代謝といいます。代謝とは新陳代謝という言葉のように、古いものが去って、新しいものがこれに代わるといういれかわりのことをいいます。図に示したように、細胞内では、
A→B→C→D→E→F→G→Hというふうに物質が化学反応を受けて常に変化しています。A→Bをみると、AはBに絶えず変化しています。そしてそのもとのAも常に新しいものが供給されています。このように、細胞内では、物質は絶えず化学反応により変化しているわけで、細胞内の化学反応のことを代謝と呼ぶのはまさに当を得ているかもしれません。代謝は決して一本の系列の化学反応でできているのではなく、図のように、O→P→Q→R→Sという他の化学反応の系列がDに流れ込んだり、V→W→X→Y→Zの化学反応系列がFから出ていったり非常に込み入ったものです。これらの代謝のさまをよく高速道路のインターチェンジに例えることがあります。高速道路のインターチェンジには自動車、トラックやオートバイなど様々な車が流れ込み、あるものは北から南へ、あるものは東から南へ、あるものは西から北へとインターチェンジを通っていきます。その流れは瞬間、瞬間で決して同じではなく、絶えず変わっています。代謝はそのような動きのあるものだと理解してほしいのです。高速道路でよく渋滞することがあります。その渋滞は、ある高速道路のインターの出口に車が殺到して、料金所のところが車でいっぱいになりさばけなくなることが原因になっていることが多々あります。そうすると、車は高速道路の本線にもあふれだし、高速道路がノロノロ運転になってくるのです。車がノロノロ運転になっている料金所のところの影響がひいては高速道路の本線にまで影響してきます。細胞内の化学反応でも同じことが言えて、化学反応の速度が一番遅いところが、全体のスピードを決めてしまうことになります。このように、代謝を生体内のさまざまな物質の流れとしてとらえてみてください。
異化代謝と同化代謝
図のように、代謝には異化代謝と同化代謝があります。異化代謝と同化代謝ともに古い言葉です。異化とは分解のことで、同化とは合成のことをいいます。異化代謝では、栄養物質を呼吸によって取り入れた酸素で酸化し、二酸化炭素と水にまで分解します。このときに、生じるエネルギーをATPにします。逆に同化代謝では異化代謝でできたエネルギー通貨のATPを用いて細胞に必要な物質の合成が行なわれています。
代謝に関わる酵素
生体内の温度は恒温動物では35〜37℃ぐらいですが、風呂の温度41〜42℃よりもやや低めの温度です。植物の場合には、外気温度に影響されますが、日本では夏に40℃をこえることはめったにありませんから、風呂の温度以下と考えてよいでしょう。35〜37℃は温度として高いでしょうか?それとも低いのでしょうか?自動車のエンジンを考えてみてください。自動車のエンジン内では、ガソリンを爆発させてそのエネルギーを動力エネルギーにかえています。エンジンの内部の温度は数千℃になっていますから、それに比べれば、生物の温度ははるかに低いですね。しかし、世界の陸上競技の100mのトップランナーたちは瞬間的には平均時速40km/hで走ることができます。アフリカにいる動物チーターは110km/h以上で走れるといいますから、自動車顔負けです。どうして、生物は低い温度でこのような仕事ができるのでしょうか?それは細胞内の代謝の化学反応には、自動車のエンジンにはない酵素という触媒が用いられているからです。触媒という言葉は聞き慣れない言葉かもしれませんが、化学反応の速度を高める物質をいいます。ふつうの化学工場で行なわれている化学反応にもよく触媒を使っています。触媒は化学反応の速度を早くしますが、自分自身は何ら変化を受けません。図のように、Sという物質がPという全く構造のちがう物質に変化するとき、必ず一度エネルギー状態をあげてやらないといけません。そのエネルギーの上がった状態をむずかしい言葉ですが、遷移状態といいます。そのエネルギーレベルの差のことを活性化エネルギーといいます。ふつう触媒はこの活性化エネルギーを小さくして、化学反応速度を速めています。酵素はタンパク質でできています。酵素が触媒になると、その活性化エネルギーをより小さくすることができるのです。なぜ酵素タンパク質はこの活性化エネルギーを小さくするのでしょう?酵素の触媒する物質のことを基質といいます。酵素のことを英語でEnzyme、基質のことをSubstrateといいます。酵素反応を式にすると、
E+SフES→E+P
ここで、E: Enzyme(酵素)、S: Substrate(基質)、P: Product(生成物)です。
基質Sは必ず酵素Eと複合体ESをつくります。そして基質が酵素タンパク質の大きな高分子の基質結合部位に結合することにより、活性化エネルギーを小さくすることが可能となるのです。まず、酵素がいかに効率よく化学反応を触媒するか少し漫画的かもしれませんが紹介しましょう。今基質の○と△から生成物□ができる化学反応を例に考えてみましょう。化学反応式であらわすと、
○+△フ□
になります。図のように、○と△をビーカーの水の中に溶かしてみましょう。○と△から□ができるには、○と△は衝突しなければ反応は起きませんね。しかし、ビーカーの水溶液の中では○と△はお互いに運動はしていますが、衝突の確率は非常に低いのです。では、その確率をあげるよい手立てはないものかとなります。1つはビーカーに熱をかけることでしょう。そうすると、水溶液中の○と△の運動が早くなり、衝突の確率はあがるでしょう。それでも簡単には○と△から□はできないのです。ところが、酵素タンパク質の場合には、○と△がすっぽり収まる基質結合部位をもっています。しかも、この酵素タンパク質は○と△が居ながらにして接するように設計されています。つまり、衝突の確率を1にするように設計されているのです。しかも、○と△が酵素タンパク質に結合すると、酵素タンパク質の基質○と△がくっついた部分の構造を□にかえるような局所的な変化がおきて○と△から□ができやすいように、はたらいてくれます。このようなタンパク質の立体構造の局所的変化を引き起こすにはタンパク質分子が大きくなければなりません。図に書いているように、タンパク質分子の基質結合部位から遠くはなれた部位がいくつか集まって応力のようなものをはたらかせるのです。タンパク質分子は決してかちかちの固定したものではなく、常にゆらゆらしたゆらぎをもっています。柔軟性のある分子なのです。よって、基質結合部位を○と△から□にかえるようなことができるのです。この議論と酵素が活性化エネルギーを下げることとどう結びつくのでしょうか?
 今、セリンプロテアーゼを例にとって考えてみましょう。酵素の名前をつけるときには英語で語尾に-ase(アーゼはドイツ語読みです。日本人は医学や化学を明治時代にドイツから取り入れたので、アーゼと言ってます。ちなみにアメリカ人はエイスと発音します)をつけるように決まっています。プロテアーゼとはタンパク質(protein)を分解する酵素のことです。タンパク質はアミノ酸がペプチド結合により長く連なったものです。そのペプチド結合を加水分解反応によって切断するのがプロテアーゼです。反応を簡略にするために、基質としてアミノ酸がいくつかつながったペプチドにして話しをすすめます。セリンプロテアーゼの1つキモトリプシンは、245個のアミノ酸からできた酵素タンパク質です。その活性の中心には195番目のアミノ酸であるセリンの側鎖、51番目のアミノ酸であるヒスチジンの側鎖があり、酵素の基質と相互作用をしています。前に述べたように、基質から生成物になるときには、遷移状態というエネルギーの高い状態になる必要がありますが、実は基質分子は形や電子分布のちがういくつもの中間体をつくりながら最終生成物になっていきます。そのうち最も不安定なエネルギーの高いものが酵素の結合部位に結合しやすくなっています。この結合が基質分子の遷移状態のエネルギーを低くすることになります。図のように、基質ペプチドが活性中心に結合し、いろいろな中間体基質をつくりながら、基質ペプチドを加水分解していくことをみてください。このとき重要なことは、加水分解をうけて2つに切断されたペプチドが酵素から離れたならば、酵素はもとの状態にもどっています。酵素自体は何ら変化をうけていません。そして、次にまた同じ基質ペプチドが同じ場所に結合し、同じ反応をくり返すのです。ふつう、酵素は1秒間にこのくり返しを1000回以上行なっていることが多く、10000回になることもまれではありません。このくり返し、回転のことを酵素の代謝回転といます。生体内の化学反応がいかにすばやくおこなわれているかがわかります。
 酵素がはたらかないと、生命活動は成り立ちません。人の栄養のところで、ビタミンの話しをしました。ビタミン欠乏症という病気を知っていますか?例えば、ビタミンB1が欠乏すると、脚気という多発性神経炎という病気になります。この原因は、ビタミンB1であるチアミンピロリン酸という物質がピルビン酸デヒドロゲナーゼとよばれる酵素のはたらきを助ける補酵素としてはたらいていることと関係しています(図)。ビタミンB1が欠乏すると、その酵素のはたらきが悪くなり、エネルギーを体内で生み出せにくくなるために起きるのです。遺伝のところでも述べますが、先天性の代謝異常をおこす病気もたくさんあります。この場合の多くは、突然変異によって酵素タンパク質がはたらかなくなるためにおきます。フェニルケトン尿症では、図のようにアミノ酸のフェニルアラニンをチロシンという別のアミノ酸に代謝するフェニルアラニンヒドロキシラーゼがはたらかないために、体内にフェニルピルビン酸が蓄積し、知恵遅れをおこしてしまいます。酵素のはたらきが生命活動を遂行するのに欠かせないものであることがわかります。これから生命科学分野で勉強する皆さんにとって、酵素の勉強は大切な1つです。英語を学ぶのに、英単語が必要なように、生命活動の勉強には、代謝の1つ1つを勉強し、その代謝反応を触媒する酵素の1つ1つを勉強していくことが必要です。1つ1つの酵素が生体内でどんな意味をもつのか、その酵素がなかったら、人は生きていけるのか?生きていけるとしてもどんな病気を引き起こすのだろうか?などを考えながら勉強していけば、酵素についても興味がわいてくるかもしれません。
呼吸代謝
これから、三大栄養物質の糖質、脂質、タンパク質がどのようにして細胞内で代謝されて、エネルギー通貨であるATPにかわっていくかをみていきたいと思います。3章でもふれましたが、生物は昔酸素のなかった地球に誕生しましたから、呼吸には2つの様式があります。それは3章でも述べましたが、
1.C6H12O6→2C3H4O3+4H+2ATP   ・・・・・・無気呼吸
   グルコース  ピルビン酸
2.C6H12O6+6O2→6CO2+6H2O+38ATP ・・・・・・有気呼吸
   グルコース
です。有気呼吸生物では、図のように、無気呼吸生物がもっていた解糖系とよばれる代謝系のうえにさらにクエン酸回路と電子伝達系という酵素系を獲得して酸素を積極的に利用してグルコースを二酸化炭素と水にまで分解して、エネルギーを飛躍的に生み出せるようになったのです。このことは、有気呼吸生物は無気呼吸生物と無関係に誕生したのではなく、無気呼吸生物の中からさらに進化したものが現在生息する多くの有気呼吸生物に進化してきたことを示しています。

宿題

ATPはどうして高エネルギー化合物なのか?

栄養作用、呼吸、合成ォそれぞれ50字以内で述べよ。

栄養物質の特性は何か。



5 生命の成り立ちと代謝[2](5/20/02)
解糖系のしくみ

栄養物質の代謝を考えるときには、グルコースを材料に考えるのが基本です。人の栄養のところで話したように、糖質は動物がいちばん多く取り入れている栄養素です。さらに、タンパク質をつくるアミノ酸、脂質の成分、脂肪酸、グリセリンも結局は、同じ代謝経路に流れ込んできます。まず、無気呼吸生物がもっていた解糖系からみていきましょう。解糖系とは、
C6H12O6→2C3H4O3+4H
                グルコース  ピルビン酸
で示すように、炭素6から成るグルコースを炭素3から成るピルビン酸2分子に分解する代謝系です。

図のように、9段階の代謝系をもっていて、9つのちがった酵素がその化学反応を触媒しています。これらの酵素はすべて細胞質にあります。オルガネラをもたない無気呼吸生物の原核細胞にも解糖系には2つの重要な反応が含まれています。それは−1.グルコースを二分するための準備段階 2.エネルギーをATPとして回収する段階−です。グルコース分子は安定な分子で簡単には分解されません。そこで、ATPのエネルギーを2回使って、グルコースをフルクトース-1,6-二リン酸にします。ここまでグルコースを代謝させると、フルクトース-1,6-二リン酸(C6)は二分されやすくなり、ジヒドロキシアセトンリン酸(C3)とグリセルアルデヒド-3-リン酸(C3)に分解されます。ジヒドロキシアセトンリン酸は簡単にグリセルアルデヒド-3-リン酸に替わりますから、これ以降は2倍のグリセルアルデヒド-3-リン酸となって代謝がすすみます。そして、6の段階、9の段階で2ATPずつ回収され、合計4ATPがつくられることになります。解糖系は私たちの身の回りの商売の話しとよく似ていますね。商売をするには、投資が必要です。何か商品を仕入れるにも、まとまった資金が必要ですね。そうやって、商品を仕入れて、うまく売れればやっと儲け、利潤が出ます。解糖系もまさしくその例であり、4ATPの売り上げから投資した2ATPを引いた残りが本当の儲け、利潤になります。すなわち、解糖系では、2ATPがエネルギーの利潤になっています。でも、この話しで、どうして儲けが出たのだろうか?と考えた人は目ざとい人です。商売にもうまく儲けるためのコツがあるように、解糖系でも利潤を生み出すからくりがあります。図をみてください。解糖系の5段階目の化学反応を触媒している−グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(脱水素酵素)−という酵素は無機のリン酸Piを取り入れることにより、1,3-二ホスホグリセリン酸をつくっています。ここにPiを使わずATPを使っていたら、この商売は成り立ちません。
発酵
乳酸発酵やアルコール発酵という言葉を耳にしたことがあると思います。乳酸発酵は解糖系の9ステップにさらに1ステップ追加したものですし、アルコール発酵はさらに2ステップ追加したものであり、基本的に解糖系と同じことです。乳酸発酵もアルコール発酵も上記の5段階目の化学反応で生じるNADH(上図)を使って乳酸、エチルアルコールをつくりますから、見かけの酸化還元反応はないことになります。酸素がないと、どんどんNADHがたまったままで、反応が行き詰まってしまうはずですが、無気呼吸生物は乳酸発酵やアルコール発酵という方法で、5段階目の化学反応で生じるNADHをもとの形にしているのです。
酸化的呼吸代謝
有気呼吸生物の獲得したクエン酸回路と電子伝達系の酵素系はすべてミトコンドリアの中にあります。ミトコンドリアは細胞内でいちばん酸素を消費するオルガネラですが、その酸素は栄養物質の酸化に使われています。このうち、クエン酸回路(TCA回路)を触媒する酵素系はミトコンドリアのマトリックスにあり、電子伝達系の酵素系はミトコンドリアの内膜に複合体をつくり結合しています。
酸化的分解の仲立ち−NADH
クエン酸回路に話しをすすめる前に、解糖系のところで話したNADHについて、もう一度くわしく考えてみましょう。NADHとはヌクレオチドがリン酸エステル結合で2つ結合したもので、1つの塩基がアデニンで、もう1つは塩基の代わりにニコチン酸アミドをもったものです。ニコチン酸アミドの部位は、酸化還元によって図のように変化します。ニコチン酸アミドの部位が酸化されたものをNAD+といい、これが2電子還元されて、NADHになります。したがって、NAD+がNADHに還元されるときには、
NAD++2HフNADH+H+
になります。NADHは生体内の酸化還元中間体として重要な物質です。電子を受け取ったり。相手に受け渡ししたりすることができます。
クエン酸回路(TCA回路)のしくみ

クエン酸回路を図に示しました。反応@〜Hを最初の反応から右回りにつけてください。クエン酸回路は解糖系で生じたピルビン酸をアセチルCoAにするところから始まります(@)。この反応はピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体によって触媒されますが、図のように、3つのちがったビタミンを補酵素にした3つの酵素の連携によって反応が行なわれています。結果的には、二酸化炭素、NADH、アセチルCoAが生成します。この段階がクエン酸回路の入り口ですから、ビタミンB1が欠乏すると、この酵素反応が進行しにくくなり、病気になるわけです。アセチルCoAの構造を図に示しました。パントテン酸とよばれるビタミンとアデニンヌクレオチドの誘導体にアセチル基(CH3-C=O〜)を付加したものです。アセチルCoAは脂肪酸の代謝物でもあり、生体内のアセチル基の運搬中間体として重要です。アセチルCoAは大きな分子ですが、アセチル基(C2)を運ぶ担体です。次に、アセチル基はオキサロ酢酸(C4)と反応してクエン酸(C6)となります。クエン酸はα−ケトグルタル酸(C5)、スクシニルCoA(C4)となり、炭素数が減る分を二酸化炭素(CO2)として放出していきます。さらにオキサロ酢酸にもどる間に、ステップ@CDHでNADHを生成し、ステップFでFADH2を生成します。さらに、ステップEで、ATPの塩基がグアニンになっているグアノシン三リン酸−GTPをつくります。GTPはATPと同じく高エネルギーリン酸化合物ですから、ATPができたことと同じことになります。このようにして、クエン酸回路では、3つの大きな仕事をしています。
1. もともとはグルコースの持っていたH原子をNADHやFADH2として回収する(@CDEH)。
2. 二酸化炭素が放出する(@CD)。
3. GTPを生成する(E)。
電子伝達系と酸化的リン酸化のしくみ
クエン酸回路でできたNADHやFADH2はミトコンドリアの内膜に結合した電子伝達系酵素に運ばれて、電子伝達系に共役した酸化的リン酸化系によってATPに変換します。水素原子はどうして電子伝達系を通る間にエネルギーを生じるのでしょうか?水素(H)は元素の中でいちばん軽い単純な元素です。図のように、原子核に1個の陽子(プロトン)と電子1個をもっています。水素は簡単に電子とプロトン(H+)に解離します。電子はエネルギーレベルが高く、電子伝達系の成分を流れていく間にATPという化学エネルギーに形をかえて貯えられるのです。これを少し漫画的に示すと、図のようになります。
大きな岩を崖の上から落としたとしましょう。高いところにあるものは、位置エネルギーをもっていて、その岩が崖を落ちていくときには、そのエネルギーは運動エネルギーにかわります。その崖の途中に大きな歯車をおいておくと、岩が衝突したときに歯車が動き、大きな水の入った桶を持ち上げます。その水は必要に応じて水力で仕事ができますから、便利なエネルギー貯蔵形になります。ATPの化学エネルギーはまさしくこの形になるわけです。

図に電子伝達系の成分を示しました。電子伝達系酵素は大きく3つの成分からできています。それらは、NADH脱水素酵素複合体、b−c1複合体、チトクローム酸化酵素複合体です。間にCoQ10という化学物質とチトクロームcという小型のタンパク質が電子の受け渡し役として介在しています。NADHからの電子は直接NADH脱水素酵素複合体に入ります。一方、FADH2からの電子はCoQ10のところへ流れ込みます。これらの電子伝達系を電子が流れる間にプロトンはミトコンドリアの外膜と内膜との間の膜間区画の方へながれていき、ミトコンドリアの内膜にはプロトンの電気化学的勾配が形成されます。そのプロトンの電気化学的勾配を形成する箇所は全部で3箇所あります。NADHから電子が流れたときには、3箇所のプロトンの勾配をつくりますが、FADH2から場合には2箇所のプロトンの勾配をつくります。そのプロトンはミトコンドリアの内膜に結合したATP合成酵素の中を通って、ミトコンドリアのマトリックスへ戻ります。そのときにADPとPiからATPが合成されるのです(図)。ATP合成酵素は図のように、膜貫通型のH+輸送体とF1−ATPアーゼというATP合成酵素からできています。驚くことに、ATP合成酵素は先ほど漫画的に示したような歯車のような部分をもっていて、H+の流入を駆動力にしてATPを合成できるのです。このことから、NADHから電子が流れたときには、3ATPができ、FADH2から場合には2ATPできることになります。最後にチトクローム酸化酵素複合体のところで、マトリックスに戻ったプロトンは電子と一緒になり、酸素と反応して水(H2O)になり、グルコースが完全に酸化されたときできる水と二酸化炭素(クエン酸回路で生じる)の両方がそろうことになります。
ATP産生の計算
以上の議論から、ATP合成に関して次の結論が得られます。
NADH →3ATP
FADH2→2ATP
GTP  →ATP
これをもとに、グルコースから酸素を積極的に利用した呼吸代謝で細胞内でいくつATPができるか計算してみましょう。
グルコース+2ADP+2Pi+2NAD+→2ピルビン酸+2ATP+2NADH+2H+
クエン酸回路でピルビン酸からできるものは
4NADH・・・・・4X3ATP=12ATP
FADH2・・・・・1X2ATP= 2ATP
GTP  ・・・・・・・・・・・=  ATP
───────────────────────
                計15ATP
となります。したがって、グルコースからは2X15ATP=30ATPできますから、解糖系の2ATPとあわせて2ATP+30ATP=32ATP回収しました。しかし、グルコースからできるATPの数としてよく知られている数字38ATPとか36ATPにはまだ足りません。どこかで、数え忘れたATPがあるのですが、どこにありますか?それは、解糖系でできた2NADHです。NADHは大きな分子ですから、細胞質のNADHは簡単にはミトコンドリアのマトリックスの中までは入れません。図に2つの往復輸送経路を示しています。1つはグリセロールリン酸シャトルとよばれる往復輸送系で、細胞質のNADHがミトコンドリアに入る場合があります。このときに、細胞質のNADHは細胞質にあるNAD依存性グリセロールリン酸デヒドロゲナーゼのはたらきで、グリセロールリン酸になり、ミトコンドリアに入ります。次に、グリセロールリン酸はミトコンドリアにあるFAD依存性グリセロールリン酸デヒドロゲナーゼのはたらきでFADH2になり、電子伝達系のCoQ10に流れ込みます。一方、リンゴ酸、アスパラギン酸シャトルでは、細胞質とミトコンドリアに存在するリンゴ酸デヒドロゲナーゼの働きで、細胞質のNADHはリンゴ酸に形をかえてミトコンドリアに入り、ミトコンドリアのリンゴ酸デヒドロゲナーゼの働きで、ミトコンドリアの中でまたNADHが生成します。このように、グリセロールリン酸シャトルでは、細胞質のNADHからは2ATPできますし、リンゴ酸、アスパラギン酸シャトルでは、細胞質のNADHからは3ATPできることになります。よって、グルコースからはあと2X2ATPもしくは2X3ATPを足す必要があり、グルコースからは36ATPもしくは38ATPできるという計算になります。細胞質のNADHをどちらの往復輸送系でミトコンドリアに入れるかは臓器によって違っているようです。昆虫の飛翔筋細胞のミトコンドリアにはグリセロールリン酸シャトルが多いとされていますし、動物の肝臓細胞ののミトコンドリアには、リンゴ酸、アスパラギン酸シャトルが多いといわれています。
エネルギー効率
細胞がグルコースのもつエネルギーをATPとして貯えるときのエネルギー効率を計算してみましょう。
C6H12O6+6O2→6CO2+6H2O+686 kcal
ATP→ADP+Pi+7.3 kcal
ですから、グルコース1モルから686kcalのエネルギーが放出され、1モルのATPから7.3 kcalのエネルギーが放出されます。グルコース1モルから最大38モルのATPができますから、エネルギー効率は
38x7.3/686x100(%)=40.4%
になります。ガソリン自動車のエネルギー効率は10%くらいですから、細胞のエネルギー効率は非常に高いことがわかります。しかも、細胞は低い温度でこのような高いエネルギー効率で仕事ができるわけです。細胞のことを等温化学エンジンであると表現するのも的を得た表現でしょう。



5/27/02
生合成

細胞の中では、生命活動に欠かせない物質を常に合成しています。細胞生命が行なう合成のことを生合成と呼んでいます。細胞の成分中にみられる物質は2章で学んだように、アミノ酸、糖、脂肪酸、グルセリン、ヌクレオチドなどをそれぞれの単位として、どれも脱水結合によりそれぞれタンパク質、多糖質、中性脂肪、ポリヌクレオチドの核酸をつくっていきます。これらの化学反応式を簡単に表すと、
A-H+B-OH→A-B+H2O
となります。このような、脱水縮合によりA-Bをつくるには、エネルギーが必要です。そのエネルギーは異化代謝でできたATPによりまかなわれています。
細胞の中では、いきなりA-Bをつくるのがむずかしい場合には、中間体をつくることがしばしばみられます。例えば、
1. B-OH + ATP→B-O- + ADP
2. A-H + B-O-黶ィA-B + Pi
このように、一度B-OHをB-O-黷フ形にかえて、A-Hと反応させることで、簡単にA-HとB-OHを結合させることができるようになります。このようにATPを合成のエネルギーに利用するのはごく一般的です。ポリヌクレオチドの合成の場合には、図のように、ヌクレオシド−リン酸がATPによってヌクレオシド−三リン酸になり、これがポリヌクレオチドに1つずつつながって大きいポリヌクレオチドになっていきます。このときにATPはAMPとPPi(ピロリン酸)になり、そのピロリン酸はリン酸にまで分解され、ATPがADPとPiになるときと同じくエネルギーを発生します。こうして、エネルギーを使うことで、ポリヌクレオチドを伸ばしていくことが可能になります。

光合成
3章でも述べましたが、光合成生物の誕生は地球に誕生した従属栄養生物の生存を助けたばかりでなく、地球環境を一変させるような大きな変革をもたらしました。太陽の光エネルギーを直に取り入れることのできる光合成生物の誕生、増殖、進化によって、地球の環境は無機的環境から、有機物のふんだんにあふれる有機的環境に変わったのです。光合成反応は地球における一番重要な化学反応といってもよいでしょう。
光合成反応
光合成反応には、明反応と暗反応があります。高等植物の場合には、いずれも葉緑体で行なわれてます。図4.20(教科書p87)のように、明反応では、太陽の光エネルギーを光合成色素が吸収して、そのエネルギーで水(H2O)を活性化して、水素原子(H)と酸素(O2)をつくります。そして、水素原子はプロトンと電子に分かれます。電子は、ミトコンドリアの電子伝達系と同じように、葉緑体のグラナのチラコイド膜にある光化学系と光化学系氓ネらびにそれらを結ぶ電子伝達系成分の間を流れる間に、ATPとNADPH(図4.25 p.914.26 p.92)をつくります。明反応とは、太陽の光エネルギーを必要とする反応であり、昼間の明るいところでしかおきませんから、明反応と呼ばれています。一方、暗反応は葉緑体のストロマでおきる反応で、明反応でつくられたATPとNADPHを利用して、二酸化炭素(CO2)を還元して、グルコースをつくりだします。この暗反応は太陽の光エネルギーを必要としない反応で、夜間にもおきますから、暗反応と呼ばれています。それぞれの詳しい化学反応についてみていきましょう。
太陽の光と光合成色素
光には、目に見える光(可視光線)と目に見えない光があります。光をまとめて電磁波といいますが、電磁波はいろいろな波の長さのちがう光粒子の集まりです。そのうち、七色の虹の光は私達が目にすることのできる光で可視光線といいます。その光粒子の波長は400〜800nmの間にあります。紫の光よりも波長の短い光を紫外線といい、さらに波長の短いものにX線、γ線、宇宙線があります。前に示したアインシュタインの光量子仮説による光のもつエネルギーの式からわかるように、より波長の短い光はエネルギーが強いことになります。したがって、赤の光よりも波長の長い光、赤外線やラジオ波はエネルギーの弱い光です。ところで、植物はどのような光を吸収するのでしょうか?図に植物の葉の光吸収スペクトルを示しています。吸収スペクトルとは、波長をかえて光を当てて、どの波長の光を吸収するかをグラフにしたものです。図4.17 p.84のように、2つの大きな吸収帯があり、1つは紫・青もう1つは橙・赤の光で、緑付近の光を吸収していないことがわかります。実は植物の葉が緑色にみえるのはそのせいで、太陽の光が葉にあたると、紫・青・橙・赤の光を吸収し、残りの余色の緑色を発しているのです。そのため、私たちの目には、葉が緑色にみえるのです。紫・青・橙・赤の光を吸収する光合成色素とはどんなものなのでしょうか?光合成色素には、クロロフィルやカロチノイドがあります。クロロフィルは図4.19 p.86に示した構造で、ポルフィリン環にマグネシウム(Mg)が配位した化合物で、緑色をしています。うすく塗りつぶしたところは、二重結合が隣り合っていて、共鳴構造をとっています。共鳴構造をもつ物質の多くはエネルギーを吸収してエネルギーレベルが上がり、物質のもつエネルギー状態が活性化されます。これを励起状態といいます。クロロフィル分子が光エネルギーを吸収して、励起状態になると、図のように3つのエネルギーの移動が起きます。1.は単純な移動ですが、励起された分子がもとに戻り、その差が光や熱となって発生します。2.では励起された分子がもとに戻るときに発生するエネルギーを隣のクロロフィル分子に渡すこともできます。さらに、3.では励起されたクロロフィル分子が電子供与体と電子受容体とをはさんで電子の受け渡しに関与することもあります。光合成にみられるクロロフィル分子内のエネルギー移動は2〜3にみられる方法です。
明反応のしくみ
明反応のことを光合成電子伝達反応ともいいます。葉緑体のグラナのチラコイド膜には光化学系とよばれるタンパク質複合体があります。光化学系は複数のタンパク質からできていて、2つの構造体からできています。図に示したように、1つは光化学反応中心とよばれる部分です。もう1つはアンテナ複合体とよばれる部分です。アンテナ複合体では、クロロフィル分子が数百個集まってタンパク質とチラコイド膜に集合体をつくっています。カロチノイド色素はアンテナ複合体にあって、クロロフィル分子が吸収できない波長の光を吸収しています。光によって励起されたアンテナ複合体のクロロフィル分子は上記の2の方法で、反応中心のクロロフィル分子に集められてきます。光化学反応中心では、反応中心にある特別なクロロフィル分子が電子を受け渡すはたらきをしています。上記の3のエネルギー移動が電子の受け渡しでおきているのです。図にチラコイド膜の電子伝達成分を示しました。まず、末端に光化学系があり、マンガン(Mn)原子群をもつ水分解酵素によって、水の分解がおきます。
2H2O+4光量子→4H++4e−+O2
そして、その電子は反応中心にある特別なクロロフィル分子によって受け渡されて、プラストキノン、b6−f複合体に渡させていきます。b6−f複合体は、H+ポンプのはたらきをしていて、チラコイド膜内部にH+を放出します。こうしてつくられたH+の電気化学的勾配を利用して、ミトコンドリアと同じように、ATP合成酵素によってATPがつくられます。さらに電子はプラストシアニンを経由して光化学系氓ノ入ります。ここで、光化学系氓フ光化学反応中心のクロロフィルが光により励起されて、電子をフェレドキシン、NADP還元酵素に渡して、NADPHがつくられます。このようにして、暗反応に必要なATPとNADPHがつくられるのです。図にミトコンドリアと葉緑体のチラコイド膜におけるATP合成酵素によるATPの作られ方を示しましたが、いずれもH+の電気化学的勾配を利用して、マトリックス(ミトコンドリア)、ストロマ(葉緑体)にATPをつくりだします。
暗反応
暗反応は前に述べたように葉緑体のストロマで行なわれています。暗反応のことを炭素固定反応ともいいます。暗反応では、図のように、二酸化炭素(CO2)がリブロース1,5-二リン酸と結合したのちに、NADPHの還元力で還元されることになりますから、炭酸還元反応ともいいます。しかし、二酸化炭素がリブロース1,5-二リン酸と結合し、固定化されるというユニークな反応様式を理解する意味から、炭素固定反応の方が印象的かもしれません。炭素固定反応はクエン酸回路と同様に、炭素固定回路という反応回路をつくっています(図4.24 p.89)。まず、回路は3分子のリブロース-5-リン酸が3分子のATPと反応して、3分子のリブロース1,5-二リン酸になるところから始まります。そこに、3分子の二酸化炭素が固定化されます。この酵素反応はリブロース二リン酸カルボキシラーゼという酵素の触媒で起きます。葉緑体の50%をこの酵素が占めることもまれではないので、地球でいちばん多く存在する酵素タンパク質でしょう。この反応によって3-ホスホグリセリン酸が6分子できます。3-ホスホグリセリン酸は6分子のATPによってさらにリン酸化されて、6分子の1,3-ジホスホグリセリン酸になります。そして、6分子のNADPHによって還元されて、6分子の1,3-ジホスホグリセリン酸から6分子のグリセルアルデヒド-3-リン酸ができます。5分子のグリセルアルデヒド-3-リン酸は1周するために元に戻り、3分子のリブロース-5-リン酸になります。すると、1分子のグリセルアルデヒド-3-リン酸が余ることになり、これが解糖系の逆流で、グルコースをつくるのに利用されるわけです。要するに炭素固定回路では、3分子の二酸化炭素をグリセルアルデヒド-3-リン酸にかえることができるわけです。動物では、血液中にはグルコースが含まれていて、エネルギーの供給体となっています。植物では、グルコースとフルクトースが結合した二糖のショ糖がエネルギーの供給体になっています。植物のエネルギー貯蔵形はデンプンでグルコースがα(1→4)結合もしくはα(1→6)結合で結合して高分子になったものです。デンプンは葉緑体のストロマでもつくられますが、貯蔵デンプンはプラスチドというオルガネラの1つでもつくられています。

宿題

光合成の各過程を簡潔に説明せよ。

オルガネラの起源について説明せよ。


8 細胞小器官と代謝の分画(5/27/02) 

細胞の微細構造 (細胞内小器官)

オルガネラ(細胞内小器官)の構造と機能
真核細胞では細胞の中に存在する多種多様なオルガネラが細胞の中で独自の生命活動を営み、その活動をうまく連携させて全体として細胞生命が成り立っています。その1つ1つを理解することで、細胞生命というものの輪郭がみえてくるはずです。まずはオルガネラの起源からみてみましょう。
オルガネラの起源
オルガネラがどのようにしてできたのかを知ることは重要なことですが、その起源が確定したのはつい最近のことです。オルガネラの起源を考えるときに、真核細胞よりも起源の古い原核細胞に細胞の中に膜系をもつものがないかみてみるのは面白いことです。真核細胞と原核細胞の中間のようなものがないかみてみようというわけです。プリント図のように細菌のある仲間には細胞膜の一部分にパッチと呼ばれる特殊なタンパク質の一群を集めたものがあります。これらはある1つのはたらき例えば光合成反応などを行なうために膜上に機能的に集団を形成したものです。さらにすすんだ光合成細菌では膜のパッチ部分が内側に陥入してきたもの、完全に膜をつくり光合成反応をその膜の中で行なうものなどがみられます。したがってオルガネラの膜の起源はほとんどが細胞膜に由来したものといえます。プリント図をみてください。核、小胞体、ゴリジ体、リソソームなどのオルガネラはこのように細胞膜の陥入の結果できたものと考えられます。したがって、これらのオルガネラの膜の内側は色を塗り分けているように、細胞膜の外側にあった部分であることがわかります。一方、このようなオルガネラなどとは起源を全く異にするものがあります。それらは、ミトコンドリアや葉緑体であり、真核細胞の中にある細菌が寄生した結果できたオルガネラなのです。この考え方は1つの仮説であると信じられたきましたが、ミトコンドリアや葉緑体の中に含まれる遺伝子DNAの塩基配列が決定された結果、これらのオルガネラが細菌起源のものであることが確定しました。原核細胞から真核細胞への進化には、細胞膜系の進化が関係していることになります。生命活動に膜が果たしている役割についてはあとで述べることにしましょう。
オルガネラの分離法
オルガネラの1つ1つがどのようなはたらきをもつのか調べるためには、それぞれのオルガネラを細胞から分離してきれいに取り出すことが必要でした。しかし、この方法はまさしく試行錯誤の結果、経験的に得られたものでした。1950年代になって電子顕微鏡による細胞内オルガネラの観察がさかんになりはじめると、それらのオルガネラを単離してその中でおこなわれているはたらきが何かを調べようという試みが始まりました。ちょうどそのころ超遠心分離機が開発されて、小さな膜粒子でも遠心分離によって沈澱させることが可能になり、オルガネラの単離方法の開発が一段とすすみました。現在広く使われているオルガネラの単離方法についてみてみましょう。植物細胞は細胞壁があり、組織が硬いために、最初はもっぱら動物の細胞が用いられました。特に、ラットの肝臓は柔らかくつぶしやすいうえに、90%以上が均質な肝実質細胞であることから広く使われました。まず、ラットから肝臓を取り出し、その血液を生理食塩水で十分取り除き、すりつぶす操作が必要でした。



この目的のために考案されたのが、上図のポッターとエルビアム型のガラス−テフロンホモジナイザーです。ホモジナイザーとは英語のhomogenizeからきていて、均質化、均一化するものという意味です。まず、取り出した肝臓を氷りで冷やしたビーカーの中に入れて、細胞の浸透圧と等帳の溶液、0.25Mショ糖液(8.6% ショ糖液)を少量加えます。そして、はさみで細かくなるまで切り刻みます。この後の操作はすべて低温(0〜4℃)で行ないます。最終的に肝臓の重量の9倍量のショ糖液を加えて、それをホモジナイザーに移します。テフロンの乳棒のついたステンレスの棒にモーターをつけて、乳棒をモーターの力で回しながらすりつぶしていきます。肝臓の懸濁した均質液をつくっていくわけです。肝臓のスープをつくるようなものです。よくスープをつくるのにミキサーなどを使いますが、ミキサーを使うと、オルガネラがバラバラになってしまうので、ポッターとエルビアム型のガラス−テフロンホモジナイザーを使います。この機械的な操作を行なうだけで、図のように細胞の細胞膜と小胞体はバラバラになってしまいます。細胞膜と小胞体はバラバラにちぎれて、小さな袋になってしまいます。一方、核、ミトコンドリア、リソソームなどはこの操作でもちぎれずに無傷でとれてきます。あとはこれらのオルガネラを分離していくことになります。図に示したように、核はその比重が大きく、つぎにミトコンドリア、リソソームという順に比重は小さくなっていきます。さらに小胞体はホモジナイズしたときにちぎれて小胞になっていて、リソソームよりもさらに比重が小さくなっています。これらの重さがちがうオルガネラを遠心分離という操作で分離していくことになります。遠心分離機を図に示しました。冷却装置が付いていて、遠心分離によって発生する熱を冷却機で冷やすようになっています。ホモジナイズした懸濁液をポリエチレンのチューブに入れて、チューブと同じ形にくり抜いた金属製のローターと呼ばれる器具に入れて、遠心分離していきます。遠心分離の一般的方法を図に示しました。

遠心力は重力gの何倍の力をかけるかで表します。ふつう核だけを沈澱させるには、900g(およそ3000回転/分)で10分遠心分離します。すると、沈澱に核だけがおちてきます。その上澄みをさらに5000g(およそ7000回転/分)で20分遠心分離すると、沈澱にミトコンドリアだけがおちてきます。さらに上澄みを10000g(およそ10000回転/分)で20分遠心分離すると、沈澱にリソソームがおちてきます。次に、その上澄みを100,000g(40000回転/分)で60分遠心分離します。すると沈澱に小胞体のちぎれた断片のミクロソーム[ミクロソームとは英語でmicrosomeと書き、小さな(micro)袋(some)の意味]がおちてきます。40000回転/分とは1秒間に700回近く回転させることになるわけですが、空気中で回すと、摩擦熱が発生し、サンプルは熱でやられてしまいます。したがって、摩擦熱のかからないように、抵抗を少なくするために真空にして回します。このため、ふつうの遠心分離機とは違う超遠心分離機を用います。性能のよい超遠心分離機が開発されたのが、1950年ごろで、オルガネラの分離に威力を発揮しました。さて、40000回転/分60分間遠心分離したのちの上澄みはいわゆる細胞質の成分であり、ここには膜系のオルガネラが含まれていません。こうやって分離したオルガネラを電子顕微鏡で観察すると、もともと細胞にあったどのオルガネラかがわかります。また、そこに他のオルガネラが混じっていないかも一目でわかります。最初は多くの他のオルガネラの混じりもみられたでしょうが、改良に改良を重ねて、オルガネラの分離精製が行なわれていきました。こうして得られたそれぞれのオルガネラの成分の分析から、それぞれのオルガネラのはたらきが明らかにされていきました。特に、含まれる酵素タンパク質の分析はこれらのオルガネラのはたらきを明らかにするのに決定的に役立ちました。酵素のことについては、あとでくわしく述べることにします。こうして調べられたそれぞれのオルガネラのはたらきについてみていきましょう。

ミトコンドリア
ミトコンドリアmitochondriaはギリシア語のmitos(糸)とchondros(顆粒)から命名されていて、英語では単数形ではmitochondrion、複数形でmitochondriaで英語の複数形を日本語訳に使っています。昔は糸粒体と呼ばれていました。
ミトコンドリアはだ円球状の小体で長径が0.5〜1μmあります。ミトコンドリアはだ円状のラグビーボールのように硬いイメージで思われがちですが、実は運動性のある柔軟なオルガネラであることがわかってきました(図)。常に変型していて、時には分裂しているようにみえることもあります。細胞1個に〜2000個含まれていますから、表のように、ミトコンドリアの体積の全細胞体積に占める比率は6%にもなります。外膜、内膜の二重の膜でおおわれていています。内膜はひだ状に折れ込んでいて、くしの歯のように突出した部分をクリステと呼んでいます。ミトコンドリアの内膜の中には水溶性の基質部分があり、マトリックスといいます。また、外膜と内膜の間にも水溶性の基質部分があり、そこを膜間区画といいます。外膜は核外膜や小胞体膜などとの共通性もあり、前に示したオルガネラの起源を考えるときに、好気性の細菌が真核細胞に侵入したときの導入の膜であったのかもしれません。ミトコンドリアには環状の2本鎖のDNAがあります。また、ミトコンドリア固有のタンパク質合成系やtRNAもあります。DNAはもともとは核にあるはずですが、ミトコンドリアにDNAがみつかったことから、ミトコンドリアは細胞内の独立したオルガネラであり、昔好気性の細菌が真核細胞に寄生し共生生活を始めたのではないかと興味が持たれました。しかし、現在ではミトコンドリアのDNAが非常に小さく(1.4~1.8x105塩基対)、2つのリボソームRNA、22種のtRNA、12〜13個の内膜の呼吸に関するタンパク質をつくるDNAしか持ち合わせていないことがわかりました。ミトコンドリアのタンパク質の大部分は核内のDNAの支配下にあり、合成されたのちミトコンドリアへ輸送されているのです。したがって、ミトコンドリアが独立したオルガネラであることは否定されました。しかし、ミトコンドリアのDNAの塩基配列がすべて決定された結果、その配列が好気性の細菌のDNAの一部と驚くほど類似性がありました。ミトコンドリアの起源は間違いなく好気性の細菌であることを示しています。
ミトコンドリアのはたらきは図に示したように、細胞内に取り入れた栄養物質であるグルコース、アミノ酸、脂肪酸などを代謝して細胞内のエネルギーの通貨であるATPをつくることです。このATPをつくる過程には、酸素が必要であり、細胞内の呼吸の場となっています。これらの代謝についてはのちにくわしく述べます。



9細胞小器官と代謝の分画(6/3/02)


細胞にはふつう1個の球状の核が中心にあります。動物の細胞では核の直径は5〜20μmであり、細胞の直径の1/2から1/3を占めています。ですから、核の体積は細胞の全体積の10%くらいになります。表に各オルガネラの体積の比率を示しましたが、1個のオルガネラが10%もの体積を占めるのですから、かなり大きいオルガネラであることがわかります。核は二重の核膜で包まれていて、外側の膜を核の外膜、内側の膜を核の内膜と呼んでいます。核膜のところどころには核膜孔とよばれる穴があります。細胞質と核の間では、いろいろな物質の輸送がさかんにおこなわれていて、それらはこの核膜孔を通して運ばれています。核の内部に目をむけてみましょう。核の内部には遺伝子の本体であるDNAが核タンパク質と結合して染色体をつくっています。ヒト細胞ではこの染色体が46本あり、6x109塩基対ものDNAをもっています。このDNAをのばして1本の糸にすると、2m近くにもなります。これを10〜20μmの細胞の中に入れることはたいへんなことです。したがって、図のようにDNAをヒストンとよばれる塩基性(アルカリ性)のタンパク質に巻き付けてぎっしりとつめこんでいるわけです。DNAは酸性を示す物質であり、塩基性のヒストンタンパク質と静電結合し、安定化されて、機械的に切れやすいDNAの糸を保護しています。核のはたらきは遺伝子DNAをもち、遺伝をつかさどることです。遺伝とは子孫を残すことと思ってもらっていいですが、遺伝子DNAは生命活動に欠かせないものです。図に生物学の中心命題(セントラルドグマ)を示しました。DNAはタンパク質をつくる暗号です。細胞生命の中で一番大事なはたらきをしているタンパク質をつくる素であり、遺伝子DNAが細胞の司令塔であることになります。また、DNAは自分自身から自分自身をつくり出す、いわゆる自己複製能力をもっていて、この複製によって生物は種の情報を子孫に伝えていくことが可能になるのです。DNAがタンパク質を合成する場合には、DNAの情報はmRNAに転写されて、そのmRNAが核膜孔を通って細胞質に出ていき、タンパク質の合成にかかわります。核の内部にはもう1つ特徴的な構造体がみえます。これを核小体といいます。仁とよばれていたものです。核小体では、細胞質のタンパク質を合成する場であるリボソームを絶えずすばやくつくるために、リボソームRNAとタンパク質でできたリボソームの組み立てが行なわれています。ヒト細胞の核小体は図に示したように、10本の染色体のリボソームRNAをつくるDNAのループが集まり、遺伝についてはのちに詳しく述べますが、図のような集合体を形成しています。この核小体の集合体だけを単離するには、10本の染色体のDNAループを機械的に切断してやる必要があります。核小体のはたらきは複雑ですが、図のように細胞質から取り込んだリボソームタンパク質と核小体DNAから転写されたリボソームRNAとから、リボソームの大粒子と小粒子を合成します。核膜孔はこれらの細胞質から核に取り込むタンパク質や核から細胞質へ送りだすリボソームの大粒子と小粒子などを通す重要な穴であることがわかります。

葉緑体
葉緑体は藻類、高等植物細胞にみられるオルガネラで光合成を行なっています。高等植物の葉緑体はミトコンドリアに比べるとかなり大きく、その直径は5μm、厚さは2〜3μmの円盤状の構造をしています。

葉緑体は二重の膜でおおわれていて、内膜の内側の基質部分(ストロマ)にさらに扁平な円盤状の袋を積み重ねたチラコイドと呼ばれる第三の膜系をもっています。ミトコンドリアも葉緑体も二重の膜でできていますが、葉緑体にこの第三の膜系があるところが、両オルガネラの大きな違いです。葉緑体は色素体(プラスチド)とよばれるオルガネラの1つです。色素体はどの植物細胞にもみられるオルガネラで、二重の膜でおおわれています。色素体は前色素体(プロプラスチド)から生じます。暗所で葉を成育させると、エチオプラストと呼ばれるオルガネラになります。このオルガネラは光合成色素のクロロフィルの代わりに黄色いクロロフィルの出発物質をもっています。エチオプラストに光を当てると、クロロフィルが生じ、新しいチラコイド膜、光合成のための電子伝達系酵素成分などの合成を行ない、葉緑体に発達していきます。図に葉緑体とミトコンドリアを比較しています。葉緑体はミトコンドリアを大きくして、ミトコンドリアのクリステ部分を切り離して、第三の膜系にしたようなものです。葉緑体もミトコンドリアと同様に環状の2本鎖のDNAをもっています。葉緑体のDNAは1.2~2x105塩基対あり、ミトコンドリアのDNAよりも10倍大きいことがわかります。
このDNAはミトコンドリアの場合と同じく、リボソームRNA、30個のtRNAをつくっていて、さらに光合成に関わる光化学系氓竚化学系の成分などもつくっています。しかし、葉緑体の場合にも、すべての葉緑体のタンパク質をつくることはできず、核のDNAに依存しています。葉緑体もミトコンドリアと同じく、独立したオルガネラではありません。葉緑体のDNAの塩基配列が決定され、さらに細菌のゲノムDNAが分析され、葉緑体のDNAは意藍色細菌(シアノバクテリア)と類似性を示すことがわかりました。図にミトコンドリアと葉緑体の起源を示しました。葉緑体はシアノバクテリアの仲間が真核細胞に寄生して、共生生活をはじめたものといえます。一方、ミトコンドリアは紅色細菌が真核細胞に寄生して、共生生活をはじめたのでしょう。
葉緑体のはたらきは光合成を行なうことです。光合成には図に示したように明反応と暗反応があります。明反応はチラコイド膜でおきて、光合成色素が光エネルギーを吸収して水(H2O)を分解して、水素原子(H)を取り出します。また、このときに酸素(O2)が生じます。水素原子はH+(プロトン)と電子となり、電子は光合成の反応の場−光化学系氓ニ光化学系の電子伝達系成分を流れる間に、ATPが生じ、生体内の還元物質NADPHができます。葉緑体のストロマでは、明反応でできたATPとNADPHを用いて、二酸化炭素(CO2)を有機分子と結合させて、最終的にグルコースにします。二酸化炭素のような無機炭素分子を有機分子と結合させるわけで、炭素固定反応ともいわれています。この回路を発見者にちなんでカルビン回路といいます。このくわしい機構についてはあとで述べます。

宿題

葉緑体の細胞あたりの個数を調べて、細胞に占める%を計算せよ。

ミトコンドリアと葉緑体の大きな形態的違いは何か説明せよ。



小胞体
小胞体は管状、扁平な袋状の構造がつらなった迷路のような網目の構造体で細胞質に広がっています。一枚の膜からできています。その容積は表に示したように核と同じかそれ以上を占める大きなオルガネラです。

小胞体を電子顕微鏡で観察すると、管状や扁平な袋がたくさんみえるのですが、実はこれらは1つの連続した構造体を切片にしてみるために、そのような多くの袋としてみえるのです。小胞体には膜面にタンパク質合成の場のリボソームが多数付着した粗面小胞体とリボソームが着いていない滑面小胞体とがあります。粗面小胞体は電子顕微鏡で観察すると、膜面がざらざらしたようにみえ、面が粗いという意味で名付けられました。一方、滑面小胞体では、その膜面が滑らかにみえることから名付けられたものです。図のようにこれだけ大きな1つのオルガネラですから、細胞をホモジナイズすると、小胞体はばらばらにちぎれてしまい、小さな袋になってしまいます。その袋のことを小さな(micro)袋(some)という意味からミクロソーム(microsome)とよんでいます。粗面小胞体からちぎれたミクロソームにはリボソームがついたままで、滑面小胞体からちぎれたミクロソームとは形態的にも物理的にも区別ができます。前に述べたように、ミクロソームは超遠心分離機によってはじめて分離が可能ですが、粗面ミクロソームと滑面ミクロソームはショ糖の密度勾配を利用した超遠心分離操作でお互いを分離することができます。このようにして分離した粗面ミクロソームと滑面ミクロソームのはたらきをしらべることができます。
 粗面小胞体ではリボソームがありますから、タンパク質の合成を行なっています。そのタンパク質とは小胞体、ゴルジ体、リソソーム、細胞膜に存在するタンパク質、そして細胞外へ出ていくタンパク質(分泌タンパク質)であり、ミトコンドリア、葉緑体、核、ペルオキシソーム、細胞質のタンパク質は細胞質に遊離の形で存在するリボソーム(遊離リボソーム)でつくられています。オルガネラの起源のところで述べたように、小胞体、ゴルジ体、リソソーム、細胞膜はその起源の面から共通性があるのですが、タンパク質の合成という面からみても類似性をもつことがわかります。粗面小胞体でのタンパク質の合成がどのようにしておきるかその概要をみてみましょう。

図のように、細胞質にあるリボソームの大小粒子の共通プールから、タンパク質合成を始めたリボソーム大小粒子が小胞体膜に結合します。

この結合の引き金になっているのは、タンパク質合成を始めた最初の20〜30個のアミノ酸のつながりのペプチドです。信号ペプチドという意味でシグナルペプチドと呼ばれ、シグナル認識粒子タンパク質がそれを小胞体膜につれていきます。小胞体膜にはシグナル認識粒子を結合する受容体があり、リボソーム大小粒子は小胞体膜に結合します。そして、小胞体膜上ではじまり、つくられたタンパク質はアミノ酸のつながりの線状になって、小胞体の中に挿入されていきます。
小胞体は細胞内の膜の表面積の50%以上を占めていて、細胞内の油脂成分を溶かしやすい性質をもっています。滑面小胞体では、そのような水には溶けにくいけれども、油に溶けやすいステロイドホルモン、不飽和脂肪酸の生合成などが行なわれています。また、肝臓の滑面小胞体には薬物を酸化したり、水溶性の物質を抱合したりして解毒する薬物代謝酵素系があります。
ゴルジ体
 ゴルジ体は19世紀末にイタリアのゴルジ(Golgi)が発見したオルガネラで、発見者に因んで名前がついています。ゴルジ体はふつう核の近くにあります。ゴルジ体は扁平な袋が平行になって重なりあった構造をしています。一枚の膜でできています。

図のように4〜6個の扁平な袋の集まりをゴルジ層板といます。核に近い方のゴルジ体の面をシス面、その反対で細胞膜のほうに向かった面をトランス面とよんでいます。
ゴルジ体では小胞体でできたタンパク質を小胞を仲立ちにして受け渡しをしています。小胞はゴルジ体と融合して、タンパク質はゴルジ層板の中を通過していきます。この過程で、タンパク質に糖鎖が付加されていきます。そして、糖鎖をつけたタンパク質はトランス面からできる小胞の中に濃縮されて、目的の場所、細胞膜、細胞外やリソソームに運ばれていきます。一方、細胞外のタンパク質なども初期エンドソーム、後期エンドソームを経由して、ゴルジ体に行き着き、小胞体に運ばれることもあります。このように、ゴルジ体はいろいろな物質をシス面からトランス面の方向に運ぶだけではなく、細胞外からの物質を運ぶ両方向の運搬をしています。

リソソーム


リソソームとはギリシア語でlyso(溶かす、ばらばらにする)+some(袋、小胞)の意味であり、一重の膜でできています。大きさは0.05〜0.5μmと幅があり、内部にいろいろな加水分解酵素を含んでいます(図)。生体内の分子が高分子でできていることは前に述べました。タンパク質、多糖質、DNA、RNAなどはそれぞれそれらの単位を構成する物質が脱水反応で縮合して大きな高分子になったものでした。高分子になると一般に水に溶けにくくなりますが、それらの高分子を加水分解して、それらの単位物質にまで分解すれば、また水に溶けやすくなります。リソソームは細胞内の不要になったこれらの高分子物質を加水分解して元の構成単位にまで分解して、それらを新たな材料にしています。水に溶けにくい高分子を加水分解して水に溶けやすい構成単位物質にばらばらにしてしまうとの意味から、リソソームが融解する袋であるとうなずけます。何故そのような袋の中で不要な成分を分解しなくてはならないのでしょうか?膜で閉じ込めた袋の中で分解作業を行なうことで細胞質の必要な成分まで分解しないようにしているのです。また、リソソームの内部はpHが5程度になっていて、この酸性のpHの条件で内部の加水分解酵素群は働くようになっています。もしも、これらの酵素群が外に漏れ出ても、外の細胞質のpHが7.2ですから、細胞質の成分は分解しないようになっています。このように二重のガード機能で、リソソームは不要な成分だけを膜の内部だけで分解するようにしています。
不要な成分はリソソームにどのようにして運ばれるのでしょうか?不要な成分といいましたが、いろいろなものがあります。単なる高分子のこともあれば、オルガネラそのものであったり、細菌細胞丸ごとのこともあります。また、不要というよりも、中には細胞外から必要な成分をこの経路で加水分解しているときもあります。まず第一の経路では、そのような成分を細胞外からエンドサイトーシスとよばれる方法で細胞内に取り込みます。エンド(endo)とは内部のことで、サイト(cyt)は細胞のこと、オーシス(osis)は条件のことであり、細胞内に取り込む過程のことをいいます。エンドサイトーシスで取り込まれた物質は初期エンドソーム、後期エンドソームとよばれる小胞を経由します。小胞体、ゴルジ体で経由でつくられた加水分解酵素群は後期エンドソームに運ばれて、リソソームができ加水分解がはじまります。ヒトの細胞にとって細菌やウィルスなどは危険なものです。このような危険な病原細菌などを細胞は食作用で取り込みます。それはファゴソームとよばれる食胞となって二次リソソームとなり、細菌細胞は丸ごと分解されて、不要な残余小体は細胞吐出で細胞外へ出ていきます。これらの2つの分解の経路は細胞外のものを分解することから、他食作用とよばれています。一方、細胞内にも不要になったものがたくさん出来てきます。細胞内の物質やオルガネラにも寿命があり、常に新しい物質やオルガネラを作ってやらなければなりません。例えば肝臓のミトコンドリアの寿命はおよそ10日間であり、寿命がすぎたミトコンドリアを小胞体由来の膜が取り囲み自食胞(オートファゴソーム)とよばれる袋をつくります。自食胞はリソソームと融合してミトコンドリアの分解が行なわれます。このように、細胞内の物質やオルガネラを分解することを自食作用といいます。
液胞
植物には液胞とよばれる大きな袋があります。ふつう細胞あたり数個の液胞があります。液胞の占める割合は30%くらいですが、時には90%以上になることもあります。液胞は植物にのみみられるオルガネラのように思えますが、リソソームとよく似ていていろいろな加水分解酵素群を含んでいます。しかし、液胞のはたらきはリソソームと違って、物質の分解だけでなく、栄養分と老廃物の貯蔵庫のはたらきも持っています。また植物がしおれないように水分を保つ袋として、圧力を細胞壁にかけていることにもはたらいています。
ペルオキシソーム
 ペルオキシソーム(peroxisome)は英語のperoxide(過酸化物)を含む袋(some)という意味からきています。直径0.3〜1.5μmの一重膜のオルガネラで、大きさはミトコンドリアより小さめです。ペルオキシソームのタンパク質は遊離のリボソームでつくられていますから、ミトコンドリアや葉緑体と同じような関係にあるオルガネラでしょう。しかし、ペルオキシソームにはミトコンドリアや葉緑体のようにDNAがありませんから、細菌に由来したものではなく、起源は小胞体のように、細胞膜に由来するものかもしれません。
ペルオキシソームでは、酸素を利用して物質の酸化反応がおこなわれています。ただし、ミトコンドリアのように酸化的リン酸化によるATPの合成はおこなわれていません。このオルガネラではミトコンドリアでは行なわれていない独特の酸化反応が行なわれています。例えば、ペルオキシソームにはカタラーゼやペルオキシダーゼを含み、過酸化水素の分解が行なわれています(図)。過酸化水素は我々の皮膚につくと、皮膚を漂泊する作用があり、有害な物質です。過酸化水素は細胞内でどうしてもできてくる有害なものですから、分解してやらなければなりません。また、ペルオキシソームにはD-アミノ酸酸化酵素が含まれています。D-アミノ酸とはタンパク質に含まれるL-アミノ酸の立体異性体なのですが、このアミノ酸はタンパク質には使えません。タンパク質をつくる材料はL-アミノ酸だけです。したがって、細胞内にあるD-アミノ酸はすべて分解してやる必要があるのです。このように、ペルオキシソームではミトコンドリア以外に酸素を使うオルガネラであり、独特の酸化反応をになうオルガネラとして進化してきたものといえます。
オルガネラの細胞内における意味
 真核細胞の中にはこれまで述べてきたように、多くの異なるオルガネラが存在しますが、どうして膜で閉じ込めた区画が必要なのでしょうか?そのわけを図に示しました。大きく3つのことがあげられます。第一は、オルガネラをもつことで、細胞質と膜で区切られた区画をもつことで、その区画の中で細胞質の化学反応に影響を受けずに独自の化学反応をもつことができます。リソソームのところで述べたように、不要な物質の分解は細胞質の大切な物質を分解してしまうことにもなりますから、膜で仕切ることは非常に有効です。第二には、膜で仕切られた区画の中でそこに含まれる物質を濃縮して、反応を効率よく行なうことができます。反応に関わる酵素を濃縮することもできますし、化学反応を起こす物質そのものを濃縮することも可能です。第三には、膜における化学反応の効率化です。この例として、ミトコンドリアのATP合成、葉緑体における光化学反応などがあげられます。詳しくはあとで述べます。このように膜で仕切られた区画をもつことにより、細胞内ではいろいろな生命活動の分業とその見事な連携がおこなわれているわけです。
膜系オルガネラ以外の構造体
 オルガネラとは膜系から成る細胞内小器官だけでなく、膜からできていない構造体もオルガネラに含めるとの考え方もあります。ここでは、膜系から成る構造体をオルガネラとよぶことにします。したがって、細胞内にみられる膜系から成り立っていないものを構造体といい、区別して考えてみましょう。膜系から成り立っていない構造体にはリボソームや細胞骨格系の中心体などがありますが、特にリボソームは膜系から成るオルガネラに比べてはるかに小さいからです。
リボソーム
リボソームは直径10〜15nmの大小2つの粒子からできた粒子で電子顕微鏡でのみ観察できます。リボソームはタンパク質合成の反応の場ですが、タンパク質合成反応ほど複雑で込み入ったものはありません。

その反応の場であるリボソームは図のように多くのタンパク質と数種類のRNAからできています。原核生物、真核生物のリボソームを比べると、真核生物のリボソームの方が原核生物のリボソームよりも大きいことがわかります。リボソームの大きさは超遠心分離機によって沈降させたときの沈降速度"S"値であらわします。原核生物のリボソームの大小2粒子の大きさはそれぞれ50Sと30Sとなるのに対して、真核生物のリボソームでは大小2粒子の大きさは60Sと40Sです。また、含まれるタンパク質の種類も真核生物のリボソームの方が原核生物のリボソームよりも多いことがわかります。リボソームは図のように、電子顕微鏡では電子密度の高い粒子として観察されます。リボソームの構造と機能の特徴については、生命の伝わりのところで詳しくみることにします。

宿題

小胞体、ゴルジ体を観察するのにふさわしい臓器をあげ、理由を述べよ。

リソソームで起きる2つの分解について説明せよ。


10 遺伝の基礎(6/10/02)

遺伝の歴史
子が親のもつ性質に似ることを遺伝といいます。人々も昔からこの事実を認識していました。顔、鼻の形、目の色、髪の色、皮膚の色、耳の形、体の大きさ、手足の長さ、指の形などを親と子を見比べて、よく似通っているのにおどろいてきたことでしょう。そして、この理由として、遺伝の血液説が長く信じられてきました。すなわち、親から子に何かがつたわり、受け継げれていくのだろうと考えたわけです。その受け継ぐものは、体の中の血液の中にあると信じてきました。昔の人々にとって、血液の赤い鮮烈な色は、この説を信じるのに、十分なものであったことでしょう。よく「血を享ける」、「純血」、「混血」などの言葉がどの国の言葉の中にもみられます。遺伝の血液説は19世紀にメンデルが現われるまで、長く信じられてきたのです。進化論で有名なダーウィンも遺伝の血液説を信じていました。
メンデルの遺伝の法則
遺伝の研究を大きく変える大発見はオーストリアのブルノという町で始まりました。当時の学問の中心のイギリスのロンドンやフランスのパリと比べると、片田舎の町です。ブルノは今はチェコに属しています。1822年に誕生したメンデルは、この町の聖アウグステイノ修道会に属する修道士でした。若いころから才能があり、高校の代用教員もしていました。難関の高校の正規教員採用試験に失敗し、修道士を続けていました。1851年、メンデルの才能を高く評価していた修道院長のすすめで、2年間ウイーン大学に留学することを許され、そこで科学と数学を学びました。特に、統計学を学んだことが、その後のメンデルの遺伝の法則の発見につながったのです。ウイーン大学留学を終えて、修道院に帰ってきたメンデルは、かねてからあたためていた一連の実験−エンドウの育種の実験にとりかかったのでした。この目的のために、彼は34のエンドウの純系を手に入れました。エンドウには明らかに性質の異なる種類がありました。それをいくつか列挙してみましょう。
1.豆の形−丸としわ
2.豆の色−黄色と緑色
3.草丈−高い(180〜210cm)と低い(23〜46cm)
4. さやの色−緑色と黄色
このように、エンドウには、対立する性質があります。この生物のもつ性質を形質といいます。メンデルはこの対立する形質のうち1つだけを選び、純系どうしをかけあわせたら、どんなものができるのだろうかと考えました。純系とは、何世代その種類を育てても、同じ形質の種類ができるものをいいます。この考え方は斬新なものでした。何故ならば、問題を単純化し、解析する手段をとったからです。このかけあわせ(交配)の実験は1年に1回の答えしかみれませんから、一見退屈なようにも思えますが、いくつかの利点もありました。その利点は以下のことです。
1)エンドウは自家受精するので、放っておけば純系を得ることができます。
  交配の実験は若いうちに雄しべを取り去っておいて、他の花の雄しべの花   
  粉をつけてやればよいわけです。
3) 多数の子孫が得られ、エンドウ一株から多くの種子がとれます。このこと  
  から、結果を統計的に処理できます。
3)栽培しやすく、経費もかかりません。
4) 形質の違いがはっきりしていて、簡単に見分けることができます。
メンデルの実験の概要を図に示します。PはParensという親の意味の略です。FはFiliusという子の意味の略です。例えば、黄色豆のエンドウの純系の花(P)のめしべに緑豆のエンドウの純系の花(P)のおしべの花粉をつけてやります。そうして、育てたエンドウ(F1)の豆をとると、すべて黄色豆であることがわかりました。翌年、その黄色豆を植えて、それを自家受精させると、そのエンドウ(F2)の黄色豆が全体の3/4、緑豆が全体の1/4できることがわかりました。同様の実験を他の対立する形質についても行ないました。そうすると、同様の対立する形質のF2の分離比は丸豆:しわ豆、黄色豆:緑豆、緑さや:黄色さや、高草丈:低草丈のどれをとってもほぼ3:1に分離することがわかりました。その実験例数の大きさに皆さんも驚いてほしいものです。実験にはどうしても実験のミスが出てきます。これは、実験する人の不注意もあるのですが、人間がやる実験にはどうしてもミスが避けられません。このために、実験のデータをより正確なものにするには、例数を多くすることが大切です。メンデルの実験でもそのことが如実にあらわれています。例数を7000〜8000にしたものが、その分離比が3:1により近くなっています。この実験の結果は何を意味しているのか?メンデルはそれを記号であらわすことを思い付きました。例えば、黄色豆をあらわす記号をY、緑豆をあらわす記号をyとすると、純系の黄色豆がYYとなり、純系の緑豆がyyになるのではないかと考えました。そうすると、その純系の黄色豆と純系の緑豆との子F1は、その記号の1つずつをもらい、Yyとなると考えられます。では、そのYyのエンドウの豆が何故黄色になるのか?ここで、メンデルは優性の法則を考えだしました。すなわち、Yはyに対して、優性にはたらき、形質として黄色になるのだというものです。この原理が正しいかは、F1を自家受精させたF2の分離比から、この仮説が正しいことをすぐに立証できます。YyとYyからは、YY:2Yy:yyができ、黄色豆:緑豆は3:1に分離するのです。この法則をメンデルの分離の法則といいます。この実験から明らかなことは、エンドウのような植物にも、親から子に伝わる因子があることです。遺伝の血液説で信じられていたように、親から子に伝わる因子は血液を持たない植物にもあることです。さらに、メンデルはこの因子を要素と呼んでいました。この要素は現在では、遺伝因子、遺伝子とよばれるようになったのですが、この要素を数学記号で示せたのは画期的なことでした。さらに、メンデルの言葉で言えば、その要素は、対になっていることもわかったのです。子は親の対となった要素の1つずつをもらい、対合するわけです。このようなメンデルの遺伝の法則は、現在のどの生物にも基本的に当てはまる原理なのです。遺伝子と染色体のところでも述べますが、遺伝子が対になっていることは、生物が同じ染色体を2つもっていることと関係していたわけです。
メンデルはさらにより複雑な遺伝の解析にも挑戦しました。丸くて黄色い豆のエンドウとしわがあり緑色の豆のエンドウをかけあわせて、F1つくりました。すべて、丸・黄色の豆ができました。それを自家受精させて、F2をつくりました。すると、丸・黄:丸・緑:しわ・黄:しわ・緑=9:3:3:1になるような結果が得られたのでした。表にその実験データを示しています。これをメンデルは3:1に分離する形質をもつ要素2つが独立に分離すると考えたのでした。すなわち、丸−しわの要素の記号をR−rで、黄−緑の要素の記号をY−yで表せば、図のように、丸・黄:丸・緑:しわ・黄:しわ・緑=9:3:3:1になることを説明できます。メンデルは実際に要素の型(現在では遺伝子型といいます。)が彼の推測どおりになっているかを確かめる実験をさらに行ないました。例えば、RrYyの丸・黄のエンドウをしわ・緑(rryy)のエンドウとかけわせると、図のように、F1では、丸・黄:丸・緑:しわ・黄:しわ・緑=1:1:1:1に分離するはずです。もしも、RRYYの丸・黄のエンドウをしわ・緑(rryy)のエンドウとかけわせると、すべて丸・黄(RrYy)になるはずです。このように、遺伝子型が同型か異型かをきめるには、劣性の形質をもつしわ・緑のものとかけあわせればよいわけです。このような交雑を検定交雑といいます。メンデルは先ほどの表の556個の豆のすべてについて、この検定交雑をおこない、遺伝子型が推測のとおりになることを示しました。こうして、1865年にメンデルは実験結果をまとめて、「植物雑種に関する実験」としてブルノ自然研究会例会で発表し、翌年、会誌に論文を発表しました。しかし、その雑誌はあまり有名ではなかったために、皆の目にとまることがなく、メンデルの業績は評価されることなく、1884年にメンデルは亡くなりました。その後、1900年になって、ド・フリース、コレンス、チェルマルクの3人が別々にメンデルの遺伝の法則を確かめ、35年前にメンデルがすでに論文として報告していたことを認めたのでした。しかも、メンデルの実験の方が、上記の3人の実験よりも優れたものであることもわかりました。これをメンデルの法則の再発見といいます。メンデルが論文を発表してから、35年後にやっとメンデルの業績のすばらしさが評価されたのでした。メンデルがあまりにも天才的な発見をしたので、当時の人たちがその業績を正しく評価できなかったのかもしれません。
遺伝子と染色体
1900年代になると、細胞分裂の詳細が明らかにされました。この発見には、核を色素で染める方法の開発が貢献しました。体細胞分裂の模式図を図に示しました。細胞が分裂するときには、まず、核の中の染色糸という糸くずのようなものが、はっきり見えはじめます。そして、それは染色体を形成し、中央に対となり、その半分ずつが、両極に移動していきます。さらに、細胞質分裂がおき、再び核がそれぞれの区切られた細胞の中に見えはじめ、2個の娘細胞になります。1900年のメンデルの法則の再発見後、メンデルのいう遺伝の要素−遺伝子が染色体上にあるのではないかと推測する人たちがでてきました。表にさまざまな生物の染色体の数を示しました。染色体の数はふつうは偶数(2n)になっていて、生殖細胞では減数分裂して半減し、受精してまた偶数に戻ることもわかってきました。メンデルの遺伝の要素が対をなしていることと、染色体で観察されることがよく一致しているのです。これを直接的に示したのが、モーガンです。モーガンはショウジョウバエを実験に用いました。ショウジョウバエは英語でfruit flyといい、果物の果実に集まる小さなハエです。このハエは、生まれて子をつくるまでの期間、1世代が2週間なので、実験をより早くできる利点があります。エンドウの1世代に1年を要したのに比べて、早く実験ができます。小さなハエですから、実験室にたくさんのハエを飼育することもできます。ショウジョウバエは体細胞の染色体数が8本と少なく、これもモーガンの実験にたいへん有利でした。モーガンの実験で、少し説明を加えなければなりません。それは遺伝子の組み換えについてです。減数分裂のところでも述べますが、生殖細胞をつくる減数分裂の第一分裂では、相同染色体が4本並んだニ価染色体をつくります。この状態で、染色体どうしで、図のような組み換えがおきます。今、AaとBbの遺伝子型であらわせる2つの対立形質にかかわる遺伝子がこの染色体上にあるとします。もしも、組み換えが起きないのならば、AとB、aとbは常に同じ染色体上にあることになります。しかし、実際にはAとB、Aとb、aとB、aとbをもつ染色体が、例えば44%、6%、6%、44%の割合であらわれたりします。要するに、AとbとaとBの染色体は組み換えがおきたときにのみあらわれるものです。この場合の組み換え率は6+6/44+6+6+44x100(%)であらわされ、12%の組み換え率となります。どれだけAとbとaとBをもつ染色体ができたかを調べるには、メンデルも行なった検定交雑をしなければなりません。組み換え率が高い場合には、その遺伝子間の距離が大きいことになります。モーガンは同じ染色体上にある3つの遺伝子の組み換え率を求めることから、遺伝子の位置を求めました。こうやってモーガンはショウジョウバエの遺伝子地図を作成しました(1915年)。このことから、遺伝子が染色体上に一定の順に並んでいることが細胞学的に証明されたわけです。
遺伝子の本体−DNA
遺伝子が染色体上にあることはわかりましたが、それでは遺伝子とはどんなものなのか、どんな物質なのかはわからないままでした。ショウジョウバエの遺伝子地図からもわかるように、当時の研究者は遺伝子は染色体上の大きな粒子であろうと考えていました。しかも、複雑な遺伝現象を説明するには、タンパク質のような多様性のあるものではないかと考えていました。1869年、メンデルの法則が発表されてまもなくスイスのミーシャーは包帯から膿を集めて、その中の白血球の核を分析し、リン酸を含む未知の物質をみつけました。これが後に核酸と呼ばれる物質だったのです。核酸は2章で述べたように、糖、4種の塩基(ATGC)ならびにリン酸からできています。タンパク質が20種のアミノ酸からできているのと比べて、単純な物質といえます。核の中に常にみられる核酸のはたらきについては、なぞのままでした。
グリフィスとアベリーの実験
1928年、イギリスの細菌学者のグリフィスは一見変わった実験を行ないました。グリフィスは人間の肺や気管支に寄生して肺炎をひきおこす肺炎双球菌の性質をしらべていました。肺炎双球菌には2系統があって、表面が滑らかにみえるS型(英語で滑らかなをsmoothという)と表面がざらざらして粗くみえるR型(英語で粗いをroughという)があり、病気をおこすのはS型であり、R型は病気をおこしません。すなわち、有毒なのはS型で、R型は無毒です。マウスにS型の菌を注射すると、肺炎をおこして死んでしまいます。R型の菌を注射しても、マウスは死にません。S型の菌を熱で殺菌して、マウスに注射すると、無毒化され、マウスは生きています。最後に、S型の菌を熱で殺菌したものとR型の菌をまぜて、マウスに注射しました。無毒のものと無毒のものを混ぜても、無毒のままであると考えるのがふつうですね。ところが、最後のこの実験では、そうではありませんでした。マウスは何度やっても肺炎を起こして死んでしまいました。ここで、この奇妙な出来事に出くわしたグリフィスは、何故、肺炎をおこすのかと考えこみました。すぐに、S型の熱に安定な何かが、R型をS型に性質をかえたのではないかと考えつきました。これを形質転換といいます。実際、肺炎で死んだマウスの血液から、R型の菌に混じって、S型の菌がみつかりました。これで、一件落着のように見えますが、優秀なグリフィスは、R型をS型に性質をかえる形質転換を引き起こす物質は何だろう?と考えました。もしも、それをみつければ、遺伝子が何であるかをみつけることと同じことではないか考えたのでした。この研究はアメリカからグリフィスのところに留学していたアベリーに引き継がれました。アベリーは、S型の成分をタンパク質、脂質、多糖質、核酸に分離して、どの成分が形質転換を引き起こすか調べていきました。16年後の1944年、アベリーは肺炎双球菌の形質転換を引き起こすものが、DNAであることを示しました。そして、DNAが肺炎双球菌S型の滑らかな被膜をつくる酵素をつくり出すことも見つけました。こうして、75年前にすでにミーシャーが見つけていた核酸と遺伝子の本体とが初めてつながったのでした。しかし、前にも述べたように、当時の遺伝学者たちは、遺伝子はタンパク質のような複雑なものにちがいない考えていました。DNAは単純な物質であり、遺伝のような複雑な現象を説明することはむずかしいと思っていたのでしょう。アベリーの発見は遺伝学者たちの冷たい反応のために、認められることはありませんでした。しかし、逆転の発想がときには大発見につながるということは、科学の世界ではこれまで何度もあることなのです。複雑なものは複雑なものから生まれるのではなく、複雑なものは単純なものから生まれるのです。



11 生命をつかさどる遺伝物質

遺伝子DNAのしくみ
遺伝子DNAの勉強をしていて、皆さんまだわからないことがたくさんあるはずです。遺伝子DNAはどんな働きをもっているのか?これまで学んできた遺伝とDNAの複製がどのように関係しているのか?など未解決のままですね。先に答えを言ってから、学んだ方がよいと思います。下に生物学のセントラルドグマを示します。

セントラルとは中心のことです。ドグマとは命題のことです。したがって、生物学の中心命題と日本語訳されています。生物学には、物理学や数学などの法則と呼ばれるものはあまりないのですが、遺伝子DNAがどんなはたらきをしているのか、それがはたらく時にはどのようにしてはたらくのかについて、中心命題という法則があることがわかりました。これはどの生物にも当てはまるもので、DNA→RNA→タンパク質という流れがあるのです。ここに複製以外に新しい言葉が登場しました、それは、転写、翻訳です。mRNAも耳慣れない言葉である人もいるでしょう。今すべてを理解しなくてもけっこうです。これを見て、2つだけ、驚いてほしいことがあります。1−DNAは自分自身から自分をつくる複製ができること。2−DNAは実はタンパク質をつくる暗号であること。この2つを頭に入れて、複製、転写、翻訳について説明していきましょう。
DNA複製
まず、DNA複製から説明していきましょう。これまで何度も述べてきましたが、生命のいちばんの特徴は子孫をつくれることでした。むずかしい言葉では、自己複製能力があることです。生物学のセントラルドグマを見てわかるように、矢印が丸くなっていて、自分から自分に戻ってきていますね。これが大切なところです。これまで学んできたように、DNAは自分自身から全く同じDNAのコピーをつくれるのでした。そのわけは、DNAの塩基がA=T, G≡Cの塩基の相補性の原理で結びつくからでした。簡単な原理が複製を支えているのです。子孫をつくることは、すなわち親のもっているものを子、孫へと受け継いでいくことなのですが、DNAという単純な物質にのみこの複製能力があり、DNAが親から子へ、子から孫へと伝わり、遺伝が可能になるのです。
DNA複製のしくみ
図に示したように、DNAが複製されるときに二重らせんのリボンがほどけながら、そこに新たなリボンが巻き付いていきながら複製がおきると信じている人も多いかと思います。しかし、この単純なモデルはDNAの構造を知る人には矛盾を含んでいます。DNAの構造をもう一度思い出してください(板書予定)。板書のようにDNAの鎖の一方は上側が5'-末端であり、下に向かって3'-末端へと伸びています。ところが、もう一方の鎖は二重らせんをつくる時には、下側が5'-末端であり上に向かって3'-末端へと伸びています。DNAは図のように、dATP, dGTP, dCTP, dTTPと呼ばれるヌクレオチドをDNAポリメラーゼという酵素でつないでいきます。ポリメラーゼというのは、英語でpolymeraseと書き、DNAがつながって高分子となったポリマー(polymer)をつくる酵素(ase)という意味です。この時には、必ず5'-末端から3'-末端へとヌクレオチドをつないでいきます。ちょうど、アミノ酸を使ってタンパク質をつくる時にN-末端からC-末端へとアミノ酸をつないでいくように、DNAの複製−合成にも方向性があるのです。そうすると、1つのDNAの鎖は下から上に5'-末端から3'-末端へと合成できますが、もう1つの鎖は下から上に合成がおきるのならば、3'-末端から5'-末端へと合成することになり、矛盾が生じます。

DNAの複製は図のようにDNAフォークと呼ばれるように、DNAが開いて複製が始まります。5'-末端から3'-末端へと複製が連続しておきるもとの鎖をリーデイング(進む)鎖といいます。一方、合成がうまくいかないもとの鎖ですが、実際にはいくつかのDNAの断片を不連続的に合成し、それをあとでつなぐ操作をしていることがわかりました。この断片(フラグメント)は発見者の岡崎令治(1966年)によって岡崎フラグメントと呼ばれています。岡崎フラグメント自体は5'-末端から3'-末端へと合成していて、DNA合成の方向性は規則通りになっています。不連続的にDNAを合成する方のもとの鎖のことをラギング(遅れる)鎖と呼んでいます。
生物の形質発現
これまでに、生物学のセントラルドグマのうち、DNAの複製に関わる問題を扱ってきました。これからは、遺伝子DNAのもつもう1つの重要なはたらきである生物の形質発現について考えてみましょう。生物にはいろいろな性質があります。まず、大きさに目をむけてみましょう。映画でジュラシックパークが大流行したので、昔恐竜が住んでいたことに驚きをもつ人が増えたことでしょう。現在生息する生物の中で最大のものはゾウの仲間でしょう。それでは、最も小さい生物というと、カの仲間もその1つでしょう。このように、生物には大きさだけみても驚くほど大きいものから、驚くほど小さいものまでいろいろです。細胞の大きさはこの2つの種で大きく違いはないでしょうから、大きさの違うわけは全体の細胞数の違いということも皆さんおわかりでしょう。では、何故、細胞の数を変えてもよいような生命ができるのか?それは、ゾウやカ自身のもつDNAの中にその不思議が潜んでいて、その不思議を実体化しているものはまぎれもなくタンパク質です。人を例にとるなら、背が高い低い、足が長い短い、手が長い短い、指は太い細い、どれをとってもその形質を決めているのはタンパク質なのです。前にも、述べましたが、タンパク質は50個以上のアミノ酸でつくられていて、そのアミノ酸には20種類もの違ったものがあります。一番小さいタンパク質をつくる組み合わせであっても、20x20x20x・・・・・x20と50回20をかけるのを繰り返すと、20
50通りにもなります。このようにタンパク質をつくる組み合わせはほぼ無限に可能なわけで、その中にはきっとゾウをつくるのに、大事なはたらきをするタンパク質やカをつくるのに大事なタンパク質があることでしょう。前にも述べたように、DNAはタンパク質をつくる暗号となっているのです。これから、どのようにして、DNAからタンパク質がつくられていくのか考えていきましょう。
転写
もう1つの核酸−RNA

生物学のセントラルドグマから明らかなように、DNAは直接にタンパク質をつくりません。間にRNAという別の核酸を介してタンパク質をつくります。前にDNAとRNAの違いを化学的に勉強しました。DNAのもつ糖はデオキシリボースで、RNAのもつ糖はリボースでした。それから、DNAの使う塩基はATGCでしたが、RNAではAUGCでした。DNAは二本の鎖でできていますが、RNAはふつう一本鎖です。DNAとRNAでは性質が大きく異なっています。DNAは二本鎖でできており、非常に安定です。例えば、95℃にしても二本鎖が一本鎖になるものの、壊れることはありません。弱アルカリ性にしても壊れません。ところが、RNAは弱アルカリ性にするだけで簡単に壊れてしまいます。このような安定性の違いを生命は見事に利用しているのです。DNAは子孫へと伝えていかねばならない生命の源ともいえる物質ですから、安定でなければなりません。一方、RNAはタンパク質をつくるために一時的に介在する橋渡しの役目をもっていますから、タンパク質をつくる役目を終えたのならば、すみやかに壊れることが必要なのです。ここで、RNAとDNAのどちらが先に地球上にあったのか考えてみましょう。これを考える1つの化学的な根拠は両者の糖の構造の違いにあります。RNAをつくるリボースとDNAをつくるデオキシリボースですが、特殊なのはデオキシリーボースの方です。天然にあるリボースをわざわざ還元してつくる必要があります。細胞内では、リボヌクレオチドをつくった後にそれをリボヌクレオチド還元酵素という特殊な酵素によってDNAにします。このことは、地球上に生命が誕生して以来、遺伝物質としてまず使われたのはRNAであり、その後、より安定なDNAを遺伝子とする生命世界がつくられたという考えを支持しています。いずれにせよ、RNAはその不安定性を生かして、DNAとタンパク質を結び付ける役割を今日まで持ち続けてきたのでしょう。
RNAの種類
RNAにはその働きの違う3つのRNAがあります。まず、mRNAはmessenger RNAの頭文字のmをとったもので、日本語では伝令RNAといいます。DNAの塩基配列を塩基の相補性の原理にしたがって、間違いなく読み取ってつくられたものです。この時に、これまで注意していなかった新しい約束事が生じます。それは、A=T, G≡Cの塩基の相補性の原理の上にもう1つA=Uの塩基の相補性原理を加えなくてはなりません。RNAの塩基はAUGCでできているので、DNAにある塩基のTの代わりにUを使わなければなりません。したがって、DNAにAがきたらA=Uで、TがきたらT = Aで、GCはきたらG≡Cの塩基の相補性の原理でDNAの情報をRNAに写し換えます。このDNAをRNAにすることを転写といいます。DNAの情報を間違いなく転写されたものが、mRNAであることになります。tRNAはtransfer RNAの頭文字のtとったもので、日本語では転移RNAといいます。Transferとは例えば権利をある人から違う人へ移転させるような時に使う言葉で、移転をひっくり返して転移という言葉をこの場合つかっています。tRNAはタンパク質をつくる構成成分のアミノ酸を運んでくるRNAのことです。rRNAはribosomal RNAの頭文字のrをとったもので、タンパク質をつくる場を提供しているRNAです。tRNAとrRNAの構造の詳細については、翻訳のところで話します。


12 生命をつかさどる遺伝物質(6/24/02)


転写の実際
DNAが転写されてmRNAができるときには、プリント図のようにRNAポリメラーゼという酵素がはたらきます。ポリメラーゼのことはDNAポリメラーゼのように、RNAポリマーをつくる酵素の意味です。遺伝子DNAには、プロモーターとよばれるRNAポリメラーゼの結合する部位があります。そこから転写が始まります。材料はATP, UTP, GTP, CTPとよばれるヌクレオチド−三リン酸です。遺伝子DNAには、RNAポリメラーゼが開始地点を認識する特別な塩基の配列があります。また、転写を終了するDNAの特別な塩基配列ももっています。転写の終了を示す塩基配列のところまでくると、RNAポリメラーゼはDNAからはずれて完成したmRNAもRNAポリメラーゼからはずれます。転写の際にはDNA複製と同様に方向性があります。5'-末端から3'-末端へとリボヌクレオチドをつないでいきます。したがって、DNAの二本鎖のうちの一方すなわち3'---------------5'の向きのDNAの塩基を相補性原理によって転写していくことになります。プリント図では、左から右へと転写するように示しましたが、プリント図のDNAの右から左に5'---------------3'の鎖のDNAを転写することはないのだろうかと疑問をもつ人もいるでしょう。実は図に示したDNAの右側もしくは左側のどちらにRNAポリメラーゼが結合するかは、開始地点を認識する特別な塩基配列部分が決定しています。ふつう、その配列はDNAを左から読んだ場合または右側から読んだ場合のいずれか一方にしかありません。したがって、転写に使われるのは、DNAの二本鎖のうちの一方だけということになります。図に示したように、DNAの転写によって作り出されたmRNAはDNAの転写に利用されなかったDNAとよく似ていることになります。ただし、Tの代わりにUが使われているところが違っています。また、言うまでもないことですが、mRNAに使われている糖はリボースです。
転写の様式
真核細胞と原核細胞とでは、転写のやり方に違いがあることが知られています。まず、原核細胞では、プリント図のようにDNAから直接にmRNAへと転写されます。しかし、真核細胞の遺伝子DNAには、mRNAになる部分−エキソンといいます−の間にイントロンとよばれる余計なDNA塩基配列をもっていることがわかったのです。真核細胞では、核の中でエキソンとイントロンを含んだDNAからそれに対応するRNAが転写によってつくられます。そして、転写されたRNAは、RNAプロッセッシング酵素によってイントロン部分が切り取られて成熟mRNAになります。このように、イントロン部分に相当するRNAを切り取ることをRNAスプライシングといいます。スプライシングとは材木などを継ぎ木することで、エキソンを継ぎ木することと覚えておいてください。原核細胞における転写に比べて、真核細胞ではめんどくさい転写をしているようにも思えますが、これがタンパク質合成にとって非常に経済的になることもあります。例えば、図のように、エキソン1〜2、エキソン3〜4、エキソン5〜6のそれぞれが似てはいるが違ったものであるとすると、そのmRNAのつくられ方は23=8通りとなり、同じ1つの線上にある遺伝子DNAから8つのよく似たmRNAを作りだせることになります。このような節約が真核細胞の進化の過程で有効に利用されているようです。
転写の調節因子
転写がおきるかどうかが細胞内におけるタンパク質合成の決定的な要素になっています。したがって、転写のスイッチをオンにするかオフにするかが細胞内の生命活動を左右する大切な調節になります。この目的のために、遺伝子DNAには、その特別の塩基の配列を認識して結合するタンパク質があることが見つかってきました。いちばん有名なDNA結合タンパク質は原核細胞のものです。図にlacオペロンという遺伝子DNAを示します。lacオペロンは調節遺伝子、制御部位ならびに構造遺伝子からできています。
翻訳
さて、mRNAからどのようにしてタンパク質が作られていくのか議論していきましょう。DNA成分のうち、違いのある成分はATGCの塩基の部分です。RNAについても、AUGCの塩基の部分のみが違っています。DNAをmRNAに転写すると、そのDNAの塩基の部分のTの部分だけがUに置き換えられるだけで、塩基の相補性の原理でDNAをmRNAに間違いなく転写するものでした。それは、DNAのATGCからできているDNA言葉をRNAのAUGCでできたRNA言葉に変換するものです。RNA言葉で違うところはAUGCの4つしかありません。タンパク質をつくるアミノ酸は20種類ありますから、4つの違った"RNA言葉"では、20種類の"アミノ酸言葉"を区別・識別することはできません。何か違ったしくみを見い出さなければなりません。この問題に取り組んでいた当時の研究者たちはおそらくこの方法しかないであろうと想像していました。それは、RNAの塩基の3つの並びがあるアミノ酸に対応しているのではないかという予測でした。
塩基の1つの並び=4通り
塩基の2つの並び=4x4=16通り
塩基の3つの並び=4x4x4=64通り
であるように、20種類の違ったアミノ酸を区別・識別するには、RNAの塩基の3つの並びが必要だからです。塩基の2つの並びでは、まだ20種類のアミノ酸を説明するには不足だからです。この予測は見事に当たっていました。
遺伝暗号の発見と解読
転写されたRNAの塩基の3つの並びがあるアミノ酸を指定してくるのでは?というアイデアを実験的に確かめることが、1960年代にさかんにおこなわれました。そのいくつかの実験を紹介しましょう。1961年にニーレンバーグらはDNAの塩基AAAがどのアミノ酸になるかを報告しました。DNAの塩基配列AAAはmRNAではUUUになります。そこで、塩基としてUだけをもつポリウラシルRNA(UUUUUUU・・・・・)を人工的に合成し、大腸菌から抽出した無細胞タンパク質合成系を加えた試験管の中でどのようなポリペプチドができるかを調べました。その結果、フェニルアラニンだけから成るポリペプチドがつくられてきたのです。このことは、UUUがアミノ酸のフェニルアラニンに対応する暗号であることを示しています。しかし、UUUの場合は最も単純な暗号の1つであり、他の暗号の解読には当時の科学者たちのすばらしいアイデアが必要でした。コラーナはACACACACAC・・・・・・・・とACの繰り返しからできたmRNAを合成し、ニーレンバーグと同じくどんなタンパク質ができるか調べました。図のようにACACACACAC・・・・・・・・のmRNAの場合にはACAという読み方とCACという読み方があります。事実、できるタンパク質の中には、トレオニンとヒスチジンの2つのアミノ酸がみられました。ACAとCACのうち、どちらかがアミノ酸のトレオニンもしくはヒスチジンを指定してくることはわかりますが特定することはできません。次に、CAACAACAACAACAA・・・・・・・の繰り返しのmRNAを合成して、そのmRNAからつくられるアミノ酸をしらべてみました。図のようにこのmRNAの場合には、読み方はCAA、AAC、ACAの3通りあります。このときつくられるタンパク質には、グルタミン、アスパラギン、トレオニンが含まれていました。したがって、上記の2つの実験で共通して使われたアミノ酸とはトレオニンであり、共通の塩基の並びはACAですから、ACAはトレオニンの暗号であることがわかります。このようなパズルを解くような実験の繰り返しから、遺伝暗号が解読されました。塩基の3つの並びのことを暗号の英語そのものコドンといいます。それは塩基3つの並びになっているので、トリプレット(triplet)ともいいます。1966年までには、64通りある遺伝暗号のすべてが解読され、植物、動物でも共通であることがわかりました。それを普遍遺伝暗号といいます。

表にその暗号表を示しています。アミノ酸の名前と英語3文字略号、さらにアミノ酸の側鎖の構造も加えています。この遺伝暗号表を漫然とながめるのではなく、気付いたことがらに素直に驚き、疑問をもつことが大切です。1960年代の分子生物学の科学者たちが驚いたであろうことがらを列挙してみましょう。
1.遺伝暗号には重複がある。
遺伝暗号はAUGCの塩基の組み合わせ−4x4x4=64通りあるので、20種のアミノ酸以上あります。すなわち、違う遺伝暗号が同じアミノ酸を指定してきます。それを遺伝暗号の重複といいます。表に重複の数と対応するアミノ酸を示しています。
2.遺伝暗号に重複のないものもある。
メチオニン(AUG)とトリプトファン(UGG)には重複がありません。このうち、メチオニンはタンパク質合成開始のアミノ酸になっています。上記の人工合成RNAを使った実験で、RNAの最初にAUGをつけると、タンパク質合成がさかんになることがわかってきたのがこの発見のきっかけでした。実際のタンパク質の一次構造のN−末端アミノ酸がメチオニンであることも開始暗号がAUGであることを示唆していました。この詳しいしくみについては、あとで述べましょう。
3.アミノ酸を指定してこない遺伝暗号が3つある。
これはUAA、UAG、UGAであり、終止コドンといい、タンパク質合成を停止する暗号です。
4.アミノ酸の構造の類似したものを同じ縦の列にうまく並べている。
前にも述べましたが、アミノ酸には側鎖Rの部分が水に溶けやすいもの(親水性)と水に溶けにくいもの(疎水性)のものがありましたね。例えば、縦の左側一列目には、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、バリンというように、側鎖が疎水性のアミノ酸を統一して並べています。しかも、メチオニン以外は遺伝暗号の重複があります。例えば、バリンの場合には、遺伝暗号の3文字目が何がきてもバリンを指定してくるようになっています。後で述べますが、遺伝子DNAは安定であり、複製によって間違いが生じることはごく稀なのですが、哺乳動物では109塩基対のDNAで1個くらいの複製ミスがおきます。その塩基配列のミスがmRNA上の遺伝暗号の3文字目に現われたとすると、バリンを例にとれば選んでくるアミノ酸に変わりがないことにあります。もしも、そのミスがmRNA上の遺伝暗号の一文字目におきたとしても、バリンがメチオニン、イソロイシン、ロイシン、フェニルアラニンになるので、アミノ酸自体そう大きく変わらないアミノ酸を選べる工夫がされていることになります。遺伝暗号表には、生命のもつ見事な設計がなされているっことに気付きます。しかし、これも地球誕生当時から40億年もの永年の年月の間に生命が試行錯誤の繰り返しによってあみだしたものともいえます。
このようにして、他の列のアミノ酸もながめてみてください。例えば、左から2番目の縦の裂には、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、バリンほど側鎖が疎水性ではないが、極性の比較的小さいアミノ酸を配していますね。縦3裂目には、側鎖に塩基性の極性基をもつヒスチジン、リジンや側鎖に酸性の極性基をもつアスパラギン酸、グルタミン酸を並べていますね。縦4裂目は側鎖に塩基性の強い極性基をもつアルギニンが重複6回で登場します。一番単純なアミノ酸グリシンが最後に登場です。この機会にアミノ酸の1つ1つの構造と特徴に親しみをもつようにしてください。生物の形質をきめるものはタンパク質中の20種のアミノ酸にかかっているのですから、生命のもつ面白さはこの中にあるはずなのです。
タンパク質合成の機構
遺伝暗号によってRNA上の塩基の3つの並びがあるアミノ酸に対応していることはわかりました。しかし、どのようにしてタンパク質合成が実行されるのかわからないことばかりですね。このなぞを理解するには、タンパク質合成のための装置の1つ1つをよくながめてみる必要があります。
tRNA
アミノ酸を運んでくるRNAがtRNAと呼ばれるRNAです。最初に構造が決定されたのはアラニンを運んでくるアラニンtRNAでした。ホーリー(1965年)は7年もの歳月を費やしてその構造を決定しました。tRNAは70〜90塩基からできた比較的小さいRNAです。tRNAの塩基にはAUGCの他に図に示したように、化学修飾された塩基も含まれています。アラニンtRNAの場合には、9つの化学修飾された塩基が含まれています。平面的にその構造をみると三葉のクローバー型に例えられます。図にその構造を示しています。明らかに丸い葉のようにみえるところが3つあり、そこは丸い構造であることから、ループといいます。図にある上部の末端はクローバーの茎のようにみえます。何故このような構造をとれるのでしょうか?それは、RNAの塩基の中で塩基の相補的結合の場合と同様に水素結合によってRNA分子内の塩基が結びつくからです。特に、化学修飾された塩基がこのループ構造をとるのに大切なことがわかります。図の下のループには、アンチコドンといって遺伝暗号コドンと塩基並びが全く相補的になっている塩基の3つの並びがあります。例えば、DNAからRNAに転写されるときには、
DNA 3'-ATGCCGATTCGATTAACC-5'
RNA 5'-UACGGCUAAGCUAAUUGG-3'
のように、DNAの左側が3'-末端であれば、RNAの左側が5'-末端になります。これと同じようにRNAとRNAが結合するときも同じ様式になります。
       アンチコドン
tRNA  5'--------(A)GC------3'
mRNA 3'--------(U)CG------5'
       コドン  
となり、mRNAのコドンは右から左に読むことになります。要するに、アンチコドンとコドンは塩基が相補的になっています。表からGCUがアラニンであることはおわかりですね。mRNAのコドンとtRNAのアンチコドンは塩基が相補的にぴったりの関係にあるのです。これが遺伝暗号コドンを正しく認識する役目になっています。次の問題はtRNAはどこにアミノ酸をくっつけるのか?ですが、実はtRNAの3'-末端のリン酸の-OHにアミノ酸を結合します。図のように、アミノ酸をATPのエネルギーを使ってアデニル化アミノ酸として、それをtRNAに転移させます。このようにして、アミノアシルtRNAがつくられます。違った構造をもつアミノ酸をそれぞれのtRNAどのようにして結合させるのでしょうか?それは20種類の違ったアミノアシルtRNA合成酵素がはたらいてアミノアシルtRNAができることがわかっています。例えば、トリプトファンをtRNAに結合させる酵素では、トリプトファンの側鎖とそのtRNAの構造を酵素タンパク質がそれらの構造を鋳型のようにして認識し、トリプトファンを結合するtRNAをつくるのです。tRNAのアンチコドン部分は塩基配列構造が違いますから、64のコドンのうち終止コドン3つを除いた61種類のコドンに対して61種類のアンチコドンをもった違う種類のtRNAが理論的に存在することになります。しかし、実際には40〜60種のtRNAしか知られていません。アンチコドンの一文字目を共通させることによってtRNAの数を減らすしくみがあるようです。アンチコドンの一文字目はコドンでいうと三文字目です。遺伝暗号表のところでも述べましたが、一般にコドンの三文字目は何が来ても同じアミノ酸になることが多いのです。
タンパク質合成装置−リボソーム
タンパク質を合成するには、どんなしくみでおこなわれるのでしょうか?20種類のアミノ酸を結合させたそれぞれのアミノアシルtRNAのアンチコドンがmRNAの塩基配列を3文字のコドン単位との間で相補的にかみあい、アミノ酸を次々につないでのです。その反応の場がリボソームと呼ばれる装置です。リボソームはおよそ60%のRNAと40%のタンパク質でできた巨大高分子です。リボソームを構成しているRNAをリボソームRNA(rRNA)といいます。mRNA、アミノアシルtRNAのような高分子を結合させてタンパク質合成をおこなうためには巨大高分子が必要です。リボソームは大粒子と小粒子からできています。原核生物と真核生物のリボソームには大きさに違いがあります。

図のように、原核生物のリボソームは分子量が2,500,000、真核生物では分子量4,200,000です。超遠心分離による沈降定数でその大きさを示すと、原核生物、真核生物のリボソームはそれぞれ70Sと80Sになります。原核生物のリボソームは50Sの大粒子と30Sの小粒子からできています。一方、真核生物のリボソームは60Sの大粒子と40Sの小粒子からできています。原核生物と真核生物のリボソーム粒子に含まれるRNAには類似性がありますが、真核生物のリボソームには、原核生物のものよりも複雑になっています。一方、原核生物と真核生物のリボソームを構成するタンパク質にはあまり類似性がないことが知られています。RNAが独特の立体構造をつくることはtRNAのところで説明しましたが、リボソームを構成するRNAにタンパク質合成を触媒する能力があるものと思われています。
タンパク質合成の実際

図に示したように、リボソームの小粒子にはmRNAとtRNAが結合します。大粒子にはアミノ酸をつないでタンパク質をつくるはたらきをしています。小粒子には、P部位とA部位と呼ばれる2箇所のtRNA結合部位があります。tRNAにはアミノアシルtRNAの他にもう1つのtRNAがあります。それはペプチジルtRNAです。ペプチジルという言葉はペプチドといってアミノ酸をつなげたタンパク質より短いものからきています。P部位とはこのペプチジルtRNAが結合するところです。A部位とはアミノアシルtRNAが結合するところです。遺伝暗号表のところで話したようにタンパク質の合成はアミノ酸メチオニンから始めます。メチオニンtRNAがいくつかの開始因子と結合してリボソームの小粒子のP部位に結合します。すると、小粒子にmRNAが結合して、mRNAをスライドさせながらメチオニンのコドンAUGをさがしていきます。AUGがみつかると、メチオニンtRNAのアンチコドンとコドンAUGとの間で塩基の相補性の結合がおき、開始因子がメチオニンtRNAから解離します。そこに大粒子が結合し、mRNA上の次のコドンとアミノアシルtRNAのアンチコドンがぴったり一致するものがA部位に結合します。そして、メチオニンは次のアミノアシルtRNAの方へ転移してペプチド結合がつくられます。そうやってできたものがペプチジルtRNAです。ペプチジルtRNAはP部位に移り、次のアミノアシルtRNAがやってきてそのペプチドを次のアミノアシルtRNAに移していきます。この反応が繰り返されて、mRNAのコドンに一致したアミノ酸をつないでタンパク質にしていくのです。図に示したように、mRNAのコドンの読み方は3通りあります。mRNAのコドンの読み方で全く違ったタンパク質ができることにもなります。タンパク質の合成をメチオニンから行なうと決めることで、その読み方が3通りのうちの1つだけに限定されます。タンパク質合成の終了は終止コドンによって識別されます。mRNA上にUAA、UAG、UGAのどれかがくると、そこに遊離因子と呼ばれるタンパク質がA部位に結合します。ペプチジルtRNA上の出来上がったタンパク質はtRNAから離れて、リボソームの大小粒子、mRNA、tRNA、遊離因子ともにバラバラになってタンパク質合成が完了します。

宿題

DNAはどのようにして自己複製ができるのか説明せよ。

メンデルの独立の法則の原理を染色体にある遺伝子と関連させて説明せよ。


13 遺伝子組み換え実験(7/01/02)

遺伝子工学−DNA組み換え
1970年ころまでは、生命科学の研究の中心にはタンパク質がありました。タンパク質が生物のもつ形質そのものであることから、タンパク質のもついろいろな性質−例えば酵素、ホルモン、構造タンパク質、免疫タンパク質などその構造、機能が次々に明らかにされていきました。タンパク質を実験材料にすることはタンパク質が一般に量的にも多いことから比較的に容易にできました。遺伝子DNAの研究ももちろん行なわれてはいましたが、それは大腸菌のような原核生物を対象にしたものが主流でした。遺伝子DNAは細胞にわずかに含まれるにすぎませんし、真核生物の場合、核の染色体上においてヒストンタンパク質と結合したクロマチン構造として存在するDNAは扱いにくいものでした。大腸菌の場合には、DNAはそのままで存在しますし、培養によってたくさんの試料を得ることもできます。
 1972〜1973年にアメリカの西海岸カリフォルニア州の2つの大学、スタンフォード大学、カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校から遺伝子DNA研究に関する革命的技術が報告されました。それは、大腸菌のもつDNAに真核生物のDNAを結合させて、真核生物のDNAを大腸菌の中でつくらせるものでした。これをDNAクローニング技術といいます。大腸菌のDNAに真核生物のDNAを結合させる技術のことをDNA組み換え技術といいます。
この技術について説明するにはいくつか知っておかねばならないことがあります。
プラスミドDNA
真核生物は核の染色体上にDNAがありますが、大腸菌のような原核生物は、核が形成されずそのDNAはタンパク質とも結合せず核様体として存在しています。このような大腸菌の遺伝子DNAをゲノムDNAといいます。原核生物はゲノムDNAとは物理的に独立して自己複製し、安定に遺伝することのできるDNAをもっていることがあります。これを染色体外遺伝子という意味からプラスミドといいます。ミトコンドリアや葉緑体に存在するDNAも広義的にはプラスミドといえましょう。プラスミドは二重鎖閉環状です。丸い二本鎖DNAです。大きさは2〜3kbから数百kbになるものまであります。ここで、kbとはキロベース(kilo base)のことです。ベースとは塩基のことですから、キロベースとは1000塩基からできたDNAのことです。もう1つkbpと表示することがあります。これはkilo base pairの頭文字をとっていて、1000塩基が対になった二本鎖のDNAを意味します。プラスミドは細胞内に1〜2コピーをもつことがふつうですが、中には100コピーくらいあることもあります。プラスミドはどんなはたらきをもっているのでしょう。Fプラスミドのように増殖を制御するものもあります。覚えやすいものにRプラスミドがあります。前に抗生物質の話しをしました。図にフレミングがみつけたペニシリンの構造とその分解の反応を示します。RとはRegistant−耐性のことでRプラスミドとは抗生物質があっても死なないようにするDNAのことです。R因子ということもあります。どうしてRプラスミドがあると菌が死なないのか?それは、RプラスミドDNAにはペニシリナーゼといってペニシリンを分解してしまう酵素タンパク質をつくる遺伝子DNAがあるからです。フレミングはアオカビからペニシリンを発見したのですが、アオカビがこの世に登場してから後、アオカビと細菌はどちらも従属栄養生物ですから、お互い生きる場所を争って今日まできたといってよいでしょう。その長い歴史の中で細菌の仲間には、Rプラスミドの中にペニシリナーゼと呼ばれる酵素をつくり出すDNAを偶然かもしれませんが持てるものが現われたのです。このような抗生物質耐性因子はいくつも知られています。図にこれから話すDNA組み換え技術に使う抗生物質の代表的なものとその耐性をおこす酵素の名前を示しました。DNA組み換え技術ではこのプラスミドを材料に使います。
制限酵素
DNAは遺伝子としてはたらくわけですから安定なものです。DNA組み換え技術ではDNAを特定の場所で切断したり、切断させたDNAどうしを結合させたりする必要があります。そのようなすばらしいアイデアがあっても実験方法がなければ絵に書いたもちにすぎませんでした。ところが、1962年になっていろいろな細菌の中には制限酵素というDNAを特定塩基配列をもつ場所で切断する酵素の存在が示されました。すぐにその酵素は精製されDNAの切断に利用されるようになりました。細菌には、外来から侵入してくるウィルスや裸のDNAを特異的に切断する防御機構があるようです。プリント図にDNA組み換え技術によく使う酵素とその切断される塩基配列を示しています。代表的な1つはEco RIです。Ecoという文字はその酵素が見つかった菌である大腸菌の学名Escherichia coli RY13からきています。学名を斜体で表示するので制限酵素の最初の文字は斜体で表します。Hind。の場合には、Haemophilus influenzae Rcに由来しています。Sac IはStreptomyces achromogenesに由来します。Hae 。はHaemophilus aegiptiusに由来しています。これらの制限酵素の塩基配列の切断様式をみると気が付くことがあります。DNAの4〜6個の塩基配列部分を認識し、その配列が放射対称(回転対称)になっているところを切断します。そのような配列を回文配列といいます。Eco RI、Hind。、Sac Iともに切り口がまっすぐではなく互い違いに切断します。これに対してHae 。はまっすぐに平滑に切断しています。制限酵素の切り方にはこの2つのタイプがあります。互い違いに切断する切れ口の末端をコヒーシブ末端、平滑に切断する切れ口の末端をブラント末端と言います。
DNAリガーゼ
図に示したDNAの切断された末端の3'-OHともう1つのDNAの5'-末端のリン酸基との間でホスホジエステル結合させる酵素がDNAリガーゼです。1967年にゲラートによって発見されました。DNAリガーゼによって制限酵素によって切ったDNAどうしをつなぐことが可能になりました。切った貼ったが可能になったのです。DNAリガーゼには大腸菌由来の大腸菌リガーゼとT4ファージ由来のT4リガーゼがあります。リガーゼという酵素はATPやNADのもつアデノシン−5'−リン酸(AMP)を利用して末端の3'-OHともう1つの5'-末端のリン酸基との間でホスホジエステル結合させる酵素のことです。大腸菌リガーゼではNADが、T4リガーゼではATPが使われます。T4リガーゼには、上述のブラント末端どうしを結合させる活性もあります。DNAリガーゼのもともとの働きとして、DNA複製の際の岡崎フラグメントの結合があります。
cDNAクローニングの目的
クローニングの語源のクローンとは何か?まず説明します。もともとは1903年にウェバーによって命名されたもので、無性生殖によって生じた個体の集団に名付けたものでした。その後、体細胞遺伝学の分野で、ある性質をもつ単一細胞に由来する細胞集団のことをクローンというようにありました。分子生物学では、ある同一の塩基配列から成る遺伝子DNAを挿入した大腸菌細胞のことをクローンと呼び、たくさんの細胞集団からその1つだけを分離してくることをクローン化、クローニングと呼ぶようになりました。cDNAという言葉も初めて登場しました。cDNAのcはcomplementary−相補的なという英語の頭文字であり、タンパク質をつくるmRNAに相補的な配列をもつ二本鎖DNAのことです。真核生物のある遺伝子DNAをクローニングするには、その出発材料としてmRNAを用います。さて、真核生物の遺伝子cDNAクローニングの技術開発の原動力は最初は医薬品の開発にありました。表に医薬品として期待されていたもののいくつかを示しています。このうち、ヒトのインスリンの開発は当時の科学者たちを熱中させるのに十分な対象の1つでした。インスリンとは前にも述べましたがた血糖値を低下させる51個のアミノ酸からでき最も小さいタンパク質性のホルモンです。すい臓のランゲルハンス島のβ細胞でつくられています。すい臓のはたらきが悪い人はこのホルモンが欠乏して、糖尿病になってしまいます。ふだん、血液中を循環している糖−グルコースは尿には排せつされないのですが、血糖値が上がってくると、それを何とか下げようとする機構がはたらいてしまい、終には糖が尿に排せつされることになります。糖尿病になると、すぐに死んでしまうわけではありません。しかし、肥満や動脈硬化をおこしたり、失明にいたることもあります。最後は衰弱に向かい、死に至ることもあります。インスリン欠乏が原因の糖尿病のことをインスリン依存性糖尿病といいます。インスリン非依存性の糖尿病もありますが、ここではそのことにはふれません。人のインスリン依存性糖尿病の治療はどうればよいのでしょうか?1980年前までは、ヒトのインスリンは手に入りませんでした。その代用としてウシのインスリンが用いられてきました。ヒトとウシのインスリンのアミノ酸配列はほとんど同じなのですが、3箇所違いがあります(図)。したがって、インスリン依存性糖尿病の患者にウシのインスリン注射を続けると、ウシのインスリンを異物とみなすようになります。これは免疫というしくみによるものです。この結果、インスリンの効き目がなくなってしまいます。このような理由から、ヒトのインスリンを利用できないものだろうかと誰しも思うことだったのです。しかし、インスリンはホルモンですから、ヒトの血清にはわずかしか含まれずに、ヒトの血清を集めて医薬品にするなど考えられないことでした。
cDNAクローニングの実際
RNAの抽出

1970年代にcDNAクローニング技術が報告されてすぐにヒトのインスリンのcDNAをクローニングする試みが始まりました。まず、ヒトのすい臓からRNAを抽出してきます。DNAは安定なので、核のDNAを材料にするのがよい方法と思うかもしれません。しかし、核のDNAは量的にも少ないし、すべての細胞のDNAが含めれていてかえって面倒でした。一方、RNAは非常に不安定なのものです。mRNAはその役目が終わればすぐにこわれてしまいます。RNアーゼというRNA分解酵素がはたらいてあっという間にこわれてしまいます。しかし、DNAからmRNAになるときにmRNAのコピーがたくさんあるのならば、不安定なものを安定化させることができれば、材料としてむしろすぐれていました。図にすい臓からRNAを抽出する方法を示しました。人のすい臓をとることはその人を殺してしまうことにもなりますから、簡単ではありません。但し、欧米のように臓器移植のガイドラインが進んだ国では、交通事故によって脳死となった人から新鮮なすい臓を材料にもらうことはできました。まず、液体窒素(-186℃)の中にヒトのすい臓を入れて急冷凍結させます。超低温では、RNアーゼというRNA分解酵素もはたらきません。次に、高濃度のグアニジンチオシアン酸の溶液の中でカチカチに凍ったすい臓組織をすりつぶして、RNAを抽出させます。それを酸性フェノール溶液と混合します。フェノールは有機溶媒の性質をもち、すい臓抽出液に含まれるタンパク質は界面に沈澱します。DNAは酸性条件では、フェノールの方へ移行します。RNAだけは水層に残ります。その水層にイソプロピルアルコールを等量加えると、RNAが沈澱してきます。その沈澱を溶かしてやれば、全RNAをとることができます。これには、mRNA以外に最も量的に多いリボソームRNAやtRNAも含まれています。写真はその全RNAをアガロース電気泳動したものです。28Sと18SのリボソームRNAやtRNAは見えますが、mRNAはどこにあるのかわからないくらいにしか見えません。したがって、全RNAからmRNAだけをとることができれば後の操作が簡単になります。転写のところで述べましたが、mRNAには翻訳終了の印にポリAから成る配列をもっています。そこで、図のようにポリAと相補的になる塩基ポリT(オリゴdT)をもつDNAを高分子ゲルの樹脂に結合させたカラムを通すと、mRNAだけが樹脂に結合します。mRNAをカラムからはずすには、また高濃度のオリゴdT液をカラムに流せば可能になります。
逆転写反応、DNAポリメラーゼ反応
上記のようにして精製してきたmRNAにはすい臓のすべてのタンパク質をつくるすべてのものが含まれています。しかし、mRNA自体たいへん不安定なものですから一刻も早く安定なものに変える必要があります。それが逆転写反応です。逆転写反応とは聞き慣れない言葉と思うかもしれません。生物学のセントラルドグマによれば、
DNA→mRNA→タンパク質
  転写   翻訳
というのが生物のもつ決まりなのですが、ウィルスの仲間にはRNAとタンパク質から出来たRNAウィルスがいます。別名レトロウィルスともいいます。エイズウィルスはその1つです。エイズウィルスのエイズは英語で示した病気の4単語Acquired Immune Deficiency Syndrome(後天性免疫不全症候群)の頭文字の4つをとっていてAIDSを英語式に発音したものです。エイズウィルスは最近はHIV(Human Immunodeficiensy Virus)と呼ぶようになってきました。HIVのようなウィルスは宿主とよばれる細胞に寄生して増殖しますが、自分がもつRNAをDNAに逆転写しなければなりません。すなわち、
RNA→DNA→mRNA→タンパク質
  逆転写 転写   翻訳
という図式で自分に必要なタンパク質とRNAをつくります。この逆転写を触媒する酵素がRNA依存性DNAポリメラーゼであり、別名逆転写酵素といいます。この酵素を使えば、全mRNAそれぞれの塩基配列に対して相補的配列のDNAが合成できます。そして、mRNAだけをアルカリ処理でこわしてしまい、DNAポリメラーゼ反応をおこなえば、2本鎖のDNAとなりより安定化できます。そのようなDNAを相補的−complementaryの頭文字をとってcDNAといいます。全mRNAからつくられたcDNAはすべてのcDNAです。これを図書館の本に例えてcDNAライブラリーと呼びます。この中から目的のインスリンをつくるDNAを探すのですが、大腸菌の力を借りなければなりません。
組み換えDNA技術
逆転写酵素やDNAポリメラーゼなどの酵素は貴重なものですから、最初から工場の大きなタンクの中で反応することなど不可能です。微量のcDNAを使ってやっと実験できるくらい貴重なものでした。それならば、微量のcDNAをどうにかして増やす方策が必要になります。そこで考え出されたのが、大腸菌などがもつプラスミドDNAにヒトすい臓の全cDNAを組み換えて、大腸菌を増殖させればcDNAを分析に必要なまでに増やすことが可能になります。このための一般的な戦術を図に示しました。先ず、プラスミドDNAをEco RIで切断します。目的の全cDNAには合成したEco RIリンカーと呼ばれる連結用のDNA分子をリガーゼで結合させます。そしてその2つを混ぜて塩基対をつくらせてやります。DNAリガーゼで接着させれば組み換えDNAの出来上がりです。
形質転換
次に、組み換えられたDNAを大腸菌にもどしてやります。大腸菌には細胞壁と細胞膜があります。適当な塩例えば数十mMのカルシウム水溶液の中に大腸菌をおくと、低張液であるために細胞膜や細胞壁に穴があいて高分子の組み換えられたプラスミドDNAを細胞内に取り込むようになります。それを寒天培地に蒔いて培養してやります。細胞膜や細胞壁に穴があいて弱っていた大腸菌も回復して元の状態になり、プラスミドDNAは細胞内に取り込まれます。この時に例えばプラスミドDNAにペニシリン耐性の因子をもつようなものを選んで、ペニシリン入りの寒天培地を使えば、プラスミドDNAを取り込んだ大腸菌だけを選択的に生やすことが可能になります。プラスミドDNAを取り込んだDNAだけペニシリン耐性を獲得するからです。実験中に無菌操作が悪いために生えてきた雑菌などの混入もペニシリン入りの寒天培地を使えば最小限におさえることもできます。こうしてペニシリン入りの寒天培地に生えてきたコロニーの1つ1つは、違ったcDNAが組み換えられた大腸菌細胞の集団−クローンです。数十万個の違ったクローンを持っているのがふつうです。その中からインスリンのcDNAを見つける方法については次に説明しましょう。
cDNAスクリーニング
目的のcDNAだけを見つけだすような方法のことをcDNAスクリーニングといいます。その原理は2つあります。DNAどうしの塩基対形成を利用する方法とタンパク質をつくらせてその抗体を利用する抗体スクリーニングです。ここでは、DNA塩基対形成法を示します。ヒトのインスリンのcDNA構造を先に見せましょう。図をみてください。これは、ヒトインスリンのcDNAの塩基配列とそのタンパク質への翻訳へのされ方を示したものです。インスリンのA鎖とB鎖はそれぞれ21個、30個のアミノ酸がつながったものです。A鎖はGIV------YCN、B鎖はFVN------PKTというアミノ酸配列をもつことがわかっています。図の3通りの翻訳のされ方の一番下のものにこの配列に相当するものが見つかりました。インスリンをつくるには、この塩基配列番号の45番目から始まるATG(mRNAではAUG)からのメチオニンからタンパク質合成を始めて、塩基番号375番目から始まるTAG(mRNAではUAG)の終止コドンで終わるタンパク質をつくることがその始めです。110個のアミノ酸からできています。これをプリプロインスリンといいます。インスリンはすい臓ランゲルハンス島のβ細胞の小胞体でつくられますから、シグナルペプチドをもっています。それをプリ部分と言います。24個のペプチドからできています。プリ部位を除いたものがプロインスリンです。プロインスリンはゴルジ体に移行した後に分解をうけて成熟タンパク質になるのです。図のインスリン成熟体に相当するところのアミノ酸のアルファベット表示の下に数字を書いています。これは、そのアミノ酸のコドンがいくつあるのか示しています。アミノ酸の配列しかわからない場合には、そのコドンの数をかけあわせた数値分のcDNAの塩基配列の組み合わせがあります。例えばA鎖のc末端のアミノ酸配列ENYCNの部分に注目すると、そのすべてのアミノ酸についてコドンは2通りあり、cDNAの塩基配列としての可能性は組み合わせとして2x2x2x2x2=32通りあります。この場合にはcDNAの塩基配列の組み合わせの可能性の一番小さいのはこのC末端部分ですね。メチオニンやトリプトファンのようにコドンが1つしかないようなアミノ酸があるともっとよいのですが。とにかく、そのcDNAのすべてをつくってやります。
GAAAAUUAUUGUAAU
 G C C C C
のようにそれぞれの塩基対の3番目には2つの塩基のうちのどちらが来てもよいような混合DNAをつくると作業も楽になります。こうして合成したDNAの混合液にラジオアイソトープ(32P)を導入してやります。寒天培地にできたコロニーをニトロセルロースのフィルターに移します。ニトロセルロースのフィルターはタンパク質やDNAのような高分子を吸着してしまいます。フィルターに移したコロニーをアルカリ処理してDNAを露出させます。そこに32Pでラベルした合成DNA液を加えると、塩基の相補性原理で塩基対をつくり、インスリンのcDNAだけを含むクローンだけがラジオアイソトープの標識ができます。実際にはラジオアイソトムプのエネルギーでX線フィルムを感光させるオートラジオグラフィーを用います。こうして、寒天培地上のあるコロニーのクローンが目的のcDNAであることを決定できます。最初は10000個のクローンの中の数個がラジオアイソトムプで標識され黒い点となって見えるのですが、それを2次スクリーニング、3次スクリーニングと言って同じ操作を繰り返します。目的のコロニーを爪楊枝でつついて培養して寒天培地にまいてコロニーを作り、それを繰り返します。すると、どのコロニーも純化されたインスリンのcDNAをもつクローンとなっていくので、最後にはすべてのコロニーが黒い点としてみえるようになります。そのコロニーをまた爪楊枝でつついて大腸菌を培養して菌を保存します。菌を大量培養してそこからプラスミドDNAだけを精製します。制限酵素Eco RI を作用させて、ヒトのインスリンのcDNAを取りだせます。
インスリンの大腸菌での大量培養
大腸菌は真核生物のように、小胞体のようなオルガネラはありません。ゴルジ装置もありません。したがって、ヒトのインスリンを大腸菌の中で適切につくるにはいろいろな工夫も必要でした。まず、遺伝子工学技術によってシグナルペプチド(プリ部分)を除いたプロインスリンのcDNAだけを作ります。大腸菌には小胞体がないのでこの部分は必要ありません。そして、プロインスリンcDNAをタンパク質の発現に有効な発現用ベクターと呼ばれるプラスミドに再び組み換えてやります。このプラスミドは強力なプロモーターをもっていて、細胞内でたくさんのmRNAを作り出します。その転写促進のために前に説明したlacプロモーターをより強力なtacプロモーターが使われることがあります。誘導物質として、前に説明したイソプロピルβ-D-ガラクトピラノシドが使われます。このプロモーターの制御により過剰にできたmRNAからタンパク質が大量に作られることになります。場合によっては、全タンパク質の数%をつくることも可能のようです。まず、実験室レベルでその至適条件が決定されたならば、スケールを大きくしていき、工場のタンクで培養するようにしてヒトのインスリンが大量につくられます。
大腸菌培養液からつくられたヒトのインスリンだけを純粋に精製しなければなりません。一般には、図に示したように、イオン交換樹脂やゲルろ過などのカラムクロマトグラフィーなどの組み合わせによって精製されています。

宿題

遺伝暗号コドンを間違いなくタンパク質へと翻訳するためのしくみについて説明せよ。

真核細胞の転写の特徴とその意味について説明せよ。

ヒトのインスリンを大腸菌内でつくらせる方法について詳しく説明せよ。(実験のやり方を詳しく述べること。)

cDNAとは何か?

クローニングとは何か?


14 遺伝と生活 (7/15/02)

遺伝病

遺伝子はもともとは安定なものなのですが、稀にですが、突然変異を起こしてしまいます。突然変異には、DNAの塩基の置換や欠失、挿入による遺伝暗号の変化があります。

生物の形質発現とメンデル遺伝学、遺伝病
メンデルの遺伝のところで優性と劣性とがあることを話しました。そのわけはどのように考えればよいのでしょうか?これまでの遺伝子DNAとタンパク質による形質発現の関係が理解できればむずかしいことではありません。二倍体の体細胞には2つの相同染色体があります。タンパク質を合成する時には、ふつう両方の染色体上のDNAからmRNAがつくられ、タンパク質に翻訳されています(図)。遺伝子DNAはもともと安定なものですが、時に突然変異をおこしてしまします。表に突然変異を起こした結果、タンパク質にどのような欠陥が生じるのかをまとめてみました。ふつうDNAの変異は一ケ所だけ起きることがふつうです。DNAの塩基がたった1つ変わった結果mRNAのコドンが変わり、タンパク質の中のアミノ酸が変わってしまい、タンパク質の性質が変わることもあります。また、フレームシフトと言って、DNAの塩基が1つだけ抜けてしまったり、1つだけ余分に挿入されてつくるべきタンパク質の性質が全く変わってしまうこともあります。さらに、mRNAに終止コドンがタンパク質合成の途中のところで導入されると、機能をもつタンパク質合成ができなくなります。このようなわけから、生物には対立する形質ができることがあるのです。ヒトもメンデルの遺伝と同じく劣性の形質をもつことがあります。それが重篤な病気として現われることがあります。ギャロッドは1902年にアルカプトン尿症が遺伝病であることを確かめ、メンデルの遺伝則がヒトにも適用できることを示しました。メンデルの遺伝則の再発見(1900年)の2年後のことでした。そして、その原因には代謝に関わる酵素の異常によることを予測しました。すなわち、一遺伝子一酵素仮説をすでに予測していました。さらに、このような病気のことを先天性代謝異常と呼びました。しかし、メンデルと同じく、彼の業績は忘れ去られてしまい、約40年後にビードルが共同研究者のテータムらとともに一遺伝子一酵素仮説を証明したのでした。先ず、アルカプトン尿症の原因について説明しましょう。図にアミノ酸のフェニルアラニンの代謝とそれに関わる酵素の名前を示しました。酵素A〜Cが欠損するとどれもよく知られた遺伝病を引き起こします。酵素Cのホモゲンチジン酸1,3-ジオキシゲナーゼが欠損するとアルカプトン尿症になります。ホモゲンチジン酸が体内に貯まりこみ、尿中に放出されます。尿がアルカリ性になると急に黒くなってしまいます。アルカプトンとはアルカリと親和性を示すという意味です。組織にホモゲンチジン酸が蓄積すると、組織褐変症がおきることもあります。次にもう1つの病気フェニルケトン尿症を説明します。酵素Aのフェニルアラニンヒドロキシラーゼの完全欠損によって生じます。フェニルアラニンが血中に蓄積すると、放置すると知能障害、色素の欠乏による褐色の毛髪や皮膚の白色化などがみられます。出生直後にはわからないのですが、哺乳によってタンパク質中のアミノ酸フェニルアラニンが血中に蓄積し、それが原因で知能障害をおこします。しかし、現在では医療の発達とともにこれらの遺伝子診断がすみやかに行なわれるので、食事療法によってこれらの遺伝病を極力おさえることが可能になってきました。これらの遺伝病では酵素の完全欠損によっておきることが知られています。
次にタンパク質中のアミノ酸がたった1つ変わっただけで遺伝病になる例を説明しましょう。それは鎌状赤血球貧血症です。この病気はふだんは丸い赤血球が草を刈るときの鎌のような形に変型することから命名されました。黒人によくみられるものです。アフリカの地図で示したように、特に赤道付近に発症率が高いことが知られています。赤血球にはヘモグロビンが高濃度存在し、酸素の運搬という大切なはたらきをしています。図に示したように、ヘモグロビンはα2β2という4量体でできています。αβタンパク質はそれぞれ143個と146個のアミノ酸からできています。αβタンパク質ともによく似た構造をしています。鎌形赤血球ヘモグロビン症は146個のアミノ酸からできているβタンパク質のN−末端から6番目のアミノ酸が正常ではグルタミン酸であるのがバリンになるためにおきることがわかりました。ヘモグロビンは血液に多量に含まれますから、この病気の解明はタンパク質解析からおこなわれました。図に示すように、患者のヘモグロビンと健常者のヘモグロビンをトリプシンというタンパク質分解酵素で処理してペプチドにしたのちに、そのペプチドを2回のペーパークロマトグラフィーで分析しました。1つのスポットだけ位置が変わっています。このアミノ酸分析から上記のように1箇所のアミノ酸だけの変異がみつかったのです。これを遺伝子で解析すると、図のようになることがわかりました。すなわち、正常な遺伝子DNAではGAAであるのに対して、患者の遺伝子DNAではTAAに塩基の一文字に置換がおきたことによるものでした。もちろん、mRNAレベルでは健常者ではGAA、患者ではUAAになります。このようにたった一つのアミノ酸の置換で病気になってしまうのでしょうか?図にグルタミン酸とバリンの構造を示しています。遺伝暗号表のところをもう一度見直してください。暗号表の左三列目には側鎖が親水性のアミノ酸が並んでいます。健常者であらわれるグルタミンはそのよい例です。それが患者ではバリンに変わるのですから、暗号表の左一列目に移動することになります。暗号表の左一列目には側鎖が疎水性のアミノ酸が並んでいます。このように、グルタミン酸とバリンの構造は全く正反対になるのです。ヘモグロビンがα2β2の4量体構造をとるときに、健常者のβタンパク質の6番目のアミノ酸のグルタミン酸は図に示したように、ヘモグロビン分子の表面に露出しています。そして、その側鎖のもつ−の性質によって赤血球の中に高濃度に存在するヘモグロビン分子をうまく分散させるようにしています。そのグルタミン酸がバリンに変わると、側鎖は水に溶けにくくなってしまいます。疎水結合によってヘモグロビン分子どうしを結び付けてしまい、赤血球の中のヘモグロビンはまるでだんごのようになってしまいます。すると、沈澱したヘモグロビンが赤血球の中で重く垂れ下がり鎌状を呈してしまいます。血液中をヘモグロビンはめまぐるしく循環しています。鎌状の赤血球があると血管に閉塞がおき、やがて貧血をおこすことになります。しかし、どうしてこの病気はアフリカのしかも赤道直下に住む黒人に多いのでしょうか?それは、マラリアという病気と関係していることがわかりました。鎌状赤血球貧血症の人はマラリアにかかりにくくなっていて、そのような人がより多くの子孫を残してきた結果アフリカの黒人に鎌状赤血球貧血症がなくならないのです。遺伝病の話しが長くなりました。
生物の形質発現とメンデル遺伝学に話しを戻します。要するに、二倍体の細胞は相同染色体をもっていて、そのいずれの染色体上のDNAからもmRNAがつくられ、それからタンパク質がつくられます。父母からきたそれぞれの染色体は全く相同で正常であればよいのですが、突然変異を起こして、DNAの塩基が変わっていることがあるのです。したがって、染色体上のDNAからみると、鎌状赤血球貧血症の場合には、その両方のDNAがバリン型(mRNAではUAA)になった人もいます。これを劣性ホモであるといいます。片方のDNAのみバリン型に変異していて、もう一方は正常のグルタミン酸型(mRNAではGAA)の人もいます。これを劣性ヘテロといいます。メンデルの遺伝則のように劣性ホモである鎌状赤血球貧血症の人と健常者との間の子には劣性ヘテロの子ができます。この子は半分の染色体は正常であるので何とか正常のタンパク質をせいいっぱいつくることで病気があらわれにくいのです。そのような劣性ヘテロの父母からはメンデルの遺伝則と同じく1/4の確率で劣性ホモの病気の人があらわれます。劣性ヘテロの人がいれば、必ず劣性ホモの病気の人が生まれるので、この世から遺伝病はなくなりません。遺伝病は生物の宿命のようなものです。世の中には明らかに遺伝病とわかる人たちが生きていることを皆さんも承知と思います。その病気は生物の宿命である遺伝から生じたものであり、そのような遺伝病をもつ人に対して正しい理解を示してほしいものです。
生命の未来


最後に生命の未来について考えてみたいと思います。生命の未来を論じるのは簡単ではありません。非科学的な空想になるかもしれません。しかし、人類の歴史を振り返ることによって人類の未来を占うのと同じで、生命の歴史特に進化を論じることによって生命の未来が占えるかもしれません。そんな気持ちで生命の未来を占ってみましょう。この問題は著者ひとりで考えるものではありません。読者の皆さんも自分で考えることを積極的に行なってみてください。
進化論の歴史
アリストテレスが生物の分類を行なって、「生命の階段」を見い出して、人間が神の完全なる創造によってつくられたことは前に述べました。生物に単純なものから複雑なものがいることをアリストテレスは知っていましたが、これが生物の進化によるものとは考えていませんでした。アリストテレスの観察はあまりにも見事でしたが、長く生物は神の完全なる創造によってつくられたものであるという考えは受け入れられてきました。特にキリスト教的思想が支配した中世にその考えがどっぷりと根付いたことが進化論を登場させるのを遅らせたのかもしれません。しかし、科学の発展とともに生命の歴史を客観的にみる目が少しずつですが芽生えていきました。
種の不変説
リンネ(1707〜1778)は、動物、植物を約1万種を分類し、「自然の体系」や「植物の種」を著しました。例えば、イヌの学名はCanis familiaris LINNE, 1758と言います。Canisは属の名称(属名)、familiarisは種小名です。属名と種小名とをあわせて種名となります。LINNE, 1758は命名者とその記載された年です。リンネが51才の時であったことになります。オオカミはイヌと近縁の種であり、その学名はCanis lupus LINNE, 1758と言います。このように、リンネの名前は生物の学名に頻繁に登場する命名者です。しかし、リンネは現在でも名前の消えない生物学者ですが、進化論については無縁の人であったといわざるをえません。リンネは「生物にははじめに創造されただけの種がある。」と考えていました。それは種は変化しないという種の不変説に根ざしたもので、生気論を支持している点ではアリストテレスと何ら変わりのない考えであったといえます。
進化論の登場
リンネよりやや後世代になると、多種多様な生物がどうして生じたのかという議論について客観的に考える人々が登場してきました。それはビュフォン(フランス)(1707〜1788)、エラズマス・ダーウィン(イギリス)(1731〜1802)、ラマルク(フランス)(1744〜1829)などです。このうち、ラマルクをとりあげてみます。ラマルクは無脊椎動物の体制の違いについて客観的解剖観察をとおして研究していきました。特に無脊椎動物の神経系の違いに興味を持ちました。図に示したように、無脊椎動物の神経系は海綿動物、コウ腸動物の散在神経系から集中神経系(ヘン型動物などのカゴ状神経系、節足動物などのハシゴ状神経系、原索動物などの環状・放射状神経系)へというように、生物の体制が単純なものから複雑なものへと漸次的に複雑化していることをあらためて認識したのでした。そして、1809年にその著「動物哲学」の中で、漸次的複雑化の原因として、「生物は進化する。」と初めて雄弁に主張したのでした。しかし、その考え方には、当時の社会背景が色濃く反映されていました。ラマルクの生まれたころのフランスはルイ王政の末期でしたが、1789年にフランス大革命がおき、政治・社会が大きな変革を遂げたのでした。当時のフランスの思想の主流は啓蒙主義でした。啓蒙主義とは、キリスト教会に代表される旧来の精神的権威・思想的特権に反対して、理性の啓蒙を通して人間生活の進歩・改善をめざして新秩序の建設を試みようとする思想です。人間は啓蒙を通して進歩すべきであることが強調されていました。おそらくラマルクは下等な生物ですら進歩しようとしているのだ、ましてや人間をや!という気持ちがあったのでしょう。彼の進化論は次の4項目から構成されています。
@前進的発達の法則
A主体的進化の法則
B用・不用の法則
C獲得形質遺伝の法則
@Aはラマルクの進化過程論であり、BCは進化要因論ともいうべきものでしょう。@では生物の漸次的複雑化が生物の進化によることを雄弁に主張しています。Aでは生物と環境の相互作用あるいは生物の環境への積極的働きかけによって進化するという考えを示しています。ラマルクは生物の進化が何故おきるのかについて考察を加えています。これは他の進化論学者にない目新しいものです。ラマルクは生物体内の「流動体運動のエネルギー」が深く関わっていると述べています。生物体内の流動体運動のエネルギーが増大し、その運動が加速されると、生物体内の組織が変化し、そこに通路ができ、その通路を通して脈管や形成されるというものです。それでは、何が生物体内の「流動体運動のエネルギー」を変化させるのか?をラマルクは述べています。それは環境が関係しているのですが、Aの説でラマルクは環境は何の媒介もなく生物にこのような変化をもたらすのではなく、環境の変化がそこに生息している動物の要求の変化をもたらすと述べています。要求の変化は生物の行動を変化させ、それが継続すると、その生物は新しい習性を獲得すると述べています。そして、よく用いられる器官はますます発達し、使われない器官は退化消失していくとしています(B用・不用の法則)。こうして獲得された複雑化は生殖を通じて後代に伝えられるというものです(C獲得形質遺伝の法則)。皆さんもこの説を考えてみると、おかしな所がたくさんあることに気が付くと思います。まず、動物にあたかも意志があるように感じてしまいます。よく目的論と因果論という相対する論議があります。目的論では、例えば「トリは飛ぶために翼をつけた。」といいます。これを主語と述語を入れ替えて「翼をつけたために、トリは飛べるようになった。」と言うと因果論になります。トリにあたかも意志があるようにするのは非科学的です。因果論的に物事を考えるのはまさしく科学的です。ラマルクの進化論の議論はあまりにも目的論的考えが目につきます。前にも述べましたが、ラマルクの時代は、啓蒙主義のまっただ中にあったがために、動物にも意志があるとする考えがあったのもうなずける気もします。
進化論の完成
ラマルクが1809年に「動物哲学」を著した年に、ドーバー海峡を隔てた海の向こうの島国イギリスに進化論を完成に導く人が生まれていました。その人がチャールズ・ダーウィン(1809〜1882)です。ダーウィンの家系は医者が多く、祖父、父も医者をしていました。特に、祖父のエラズマス・ダーウィンは進化論にも興味をもった学者でもあり、医者と進化論の両方に優れたものをもって生まれてきた人だったかもしれません。チャールズ・ダーウィンは最初はエジンバラ大学医学部に進みました。しかし、ケンブリッジ大学神学部に転入学しました。もともと生物学に対して関心がつよく、ケンブリッジ大学では、植物学のヘンズロー教授の個人的指導を受けて、植物学だけではなく、動物学、地質学、化学なども学んでいきました。1831年ケンブリッジ大学卒業の年に海洋測量のために世界周航に出帆するイギリス海軍の軍艦ビーグル号に生物学者として乗船するチャンスを与えられました。ヘンズロー教授の推薦によりものでした。ここで、チャールズ・ダーウィンの生きた時代がどんな時代であったか認識しておく必要があります。チャールズ・ダーウィンの少年時代にイギリスでは産業革命がおきて、それがますます発展していたのでした。皆さんもこの時代にイギリスで汽車や汽船が発明されたことは思い出すことでしょう。乗り物だけではなく、大量の製品を作り出すことのできる機械が次々と発明されて、生産の効率があがって生活が向上し、都市に人口が集中しはじめていました。「風が吹けば桶屋が儲かる。」と言いますが、産業革命は生物学特に進化論にとっても無縁の関係ではありませんでした。機械をつくるには、鉄が必要で、地球のどこに良質の鉄鉱石があるのか調べることが重要でした。動力源となる石炭もどこにあるのか調べる必要がありました。このようなわけから、地質学が発展しました。地球の地殻を掘り起こす作業は生物学にもこれまでにない衝撃をもたらしました。地質からこれまでに見たことのないような生物の化石が次々と見つかったのでした。化石の研究は古生物学という新しい分野を生み出したのでした。この研究を切り開いた人はスミスであり、生物進化の過去が少しずつみえてきていました。鉄鉱石や石炭を求めて世界を周航することは、これまでヨーロッパの生物だけを見てきた生物学者にとって驚きを与えました。これまでに見たことのない種々の動植物が熱帯地方のアフリカや東南アジア、アマゾンなどにたくさん見つかったのでした。こうして、世界の生物の分布、生態、分類が行なわれていきました。産業革命により、イギリスの都会への人口集中は食糧確保という新たな問題を生み出し、農業の発展にもつながりました。囲い込み運動といって大農場による集約的な農業が行なわれるようになり、品種改良や育種改良なども行なわれるようになっていきました。このように、地質学、古生物学、地理学、生物分類学、育種学などの発展がダーウィンに進化論を完成させるような素地をつくっていたといってもよいでしょう。
ダーウィンはビーグル号での5年間の世界周航の旅を終えて帰国しました。この航海で、ダーウィンは世界の生物を目の当たりにして、後に彼に生物進化論を結論づける多くの貴重な資料を持ち帰りました。ダーウィンは実証主義者であり、1つ1つの根拠を冷静に分析して、結論を得るという方法をとりました。ダーウィンが進化論を完成させるのに実に帰国後23年を要したのですが、その間に彼は実証による研究と深い洞察を繰り返していたのでした。23年間にダーウィンの進化論完成に影響を与えた人たちも数人いました。その一人は地質学者のライエルでした。ビーグル号で世界周航に出かける前に、友人のライエルより、その著書「地質学原理」を贈られました。その著書の中で、ライエルは地球の変化は長い間にゆっくりとすすめられたものであり、天変地異など起きていないことを述べています。ダーウィンは世界周航中にライエルの説が正しいことを実感したのでした。帰国後、ダーウィンはマルサスの「人口論」を読み、その中で述べられている人間社会の必然的におきる生存競争という言葉に感銘をうけました。生物界にもそのような生存競争が存在することを暗示しはじめていました。1842年にダーウィンは家族とともにロンドンの郊外のケント郡のダウンという町に引っ越しました。ダーウィンはこの快適な町で残りの生涯40年を過ごすことになるのですが、1844年には既に進化論の概要を一冊のエッセイにまとめていました。これは後年に「種の起源の基礎」として出版されたものです。しかし、ダーウィンはこれを公表せず、1856年になって進化論をまとめる筆を執りはじめました。
1858年の初夏にダーウィンにとって衝撃的な事がおきました。マレーシアにいたイギリスの若い生物学者ワオーレス(1823〜1913)から一篇の論文がダーウィンのもとに届いたのでした。その中には、ダーウィンが20年以上もの間にあたためていた生物進化論の理論である”自然選択”の考え方が取り入れられていたのでした。ダーウィンは強いショックを受けましたが、地質学者の友人ライエルに相談して、その年の7月にロンドンのリンネ学会でダーウィンとワオーレスの共同発表の形で彼らのアイデアが発表されました。その後がダーウィンにとってはたいへんでした。20年もの間あたためていた進化論を急いで出版しなければなりませんでした。ダーウィンはこれまで計画していた著述を抜粋の形に変えて急いでまとめることにしました。後にダーウィンはこの出版がたいへんな重労働であったと述べていますが、1859年の11月の末に「種の起源」が出版されました。1250部発行されましたが、その日に売り切れたようで、人々にたいへんな反響を与えたのでした。


勉強のしかた

宿題の中から1題出します。あとは、穴埋め問題、3〜5者択一問題など。他には科学的思考をしているか試す問題などもいいでしょうね。例えば、遺伝暗号表を用いてヘモグロビンのβ鎖の6番目のグルタミン酸がアスパラギン酸になったら、どんな変化が起きるか?などの問題。言い出すときりがありません。また、登場するかもしれませんが、このくらいで!皆さんGood Luck!