SDGs DIALOGUE
「SDGs」と言うと、実際に行動するのが難しいことのように聞こえます。でもそんなことはないのです。興味があること、やれることを身近なことから見つけてやってみる、それがSDGsには大切です。中村学園では、学生が自由な発想で興味のあることからSDGsを始めています。それは校内にとどまらず、社会へ向けた動きへと広がりを見せています。高校生、大学生の取り組みについて、久保千春学長と一緒に意見交換しました。
私は、学校の食堂から出た生ごみを土に混ぜて堆肥にする「コンポスト活動」に取り組んでいます。もともと植物が好きで家庭菜園も趣味としており、土や堆肥に触れる機会は多かったのですが、「もっと何か得られることがあるのではないか」という思いから、この活動に参加しました。
活動では、分解を促すために週に一度、土をかき混ぜています。コンポストは単にごみを減らすだけでなく、堆肥として再び資源にすることができ、その堆肥を使って新しい植物を育てるという循環を体験することができます。また、ごみの削減は地球温暖化対策にもつながるため、日々の取り組みが環境保全に貢献していると感じ、やりがいを覚えています。
コンポストは家庭でも取り組みやすいSDGs活動です。学校での経験を通して得た学びを家庭や地域に広めていくことで、活動の輪はさらに広がると思います。私の家庭ではコンポストではありませんが、生ごみや卵の殻を菜園の土に埋めて肥料として活用しています。方法はさまざまですが、気軽に、楽しく続けられるSDGsの取り組みだと感じています。
コンポスト活動を楽しんで取り組んでいる様子が伝わり、日常的にSDGsが実践できている良い事例だと思います。また、環境問題の入口に繋がっていることを実感されたのも収穫です。さらにどのような取り組みをすれば環境問題に有効なのか、学びを深めていくことを願います。植物や家庭菜園が好きなことからコンポスト活動を始めたように、興味の範囲を狭めることなく、様々なことにチャレンジしてください。
中村学園三陽中学、高等学校では「SDGs」という言葉が生まれる前から環境活動を中心に様々な社会活動に貢献してきました。14年前、一人の生徒が牛乳パック回収を始めたのをきっかけに、やがて全校生徒へと広がり様々な活動が続いています。公民館などでの小学生への環境授業、樋井川の定期清掃活動や東日本大震災、九州北部豪雨の被災地復興支援などにも取り組み、これまで「福岡市環境行動賞最優秀賞」など様々な賞をいただきました。環境活動は授業や部活動など定められた組織での活動ではなく、希望者が参加して行っています。一人では活動できなくても、みんなでやれば楽しく続けられます。今では福岡市西区の環境フェスタのボランティアなど、いろいろなところから声をかけていただくようになりました。校外の方と触れ合う機会も多く、活動で自信をつけ著しく成長する生徒もいます。今後も生徒がその可能性を発揮できるような環境を作り見守っていきたいと思っています。
一人の生徒からスタートした環境活動が学園に根付き継続されていることは大変素晴らしいことです。三陽中学、高校ではペットボトルキャップや割りばし、空き缶の回収などに積極的に取り組んでおり、そこには世界の子供たちへのワクチン供給など社会に役立てようという精神があります。地域社会への貢献も重要なことです。人のため、社会のために取り組むことは必ず自分自身にとっても大きな糧になるでしょう。
スーパーで目にする、長さの揃った真っすぐな美しいアスパラガス。その陰で発生する「規格外品」の山。私たちはこれを単なる「食品ロス」とは呼びません。未利用資源です。フード・マネジメント学科が目指す地域の食産業の高付加価値化に、この未利用資源が活用されました。ある学生が卒業研究として規格外アスパラガスを「6次産業化」し、持続性があるものに生まれ変わらせたのです。いわゆるアップサイクル化を成功させたのです。
鍵となったのは、農家と高い微粉末加工技術を持つ食品企業とのマッチングです。離乳食や介護食、スープなどに手軽に使えかつ長期保存もできるよう、微粉末にしたほか、アスパラギン酸やルチン、抗酸化ビタミンなどの豊富な栄養を含むという点から機能性食品として打ち出しました。商品設計やマネジメントなど学科で学んだ知識が実を結んだ結果です
彼女は卒業後、JAグループの金融機関への道を選びました。「農業と食品産業をつなぐ架け橋になりたい」。大学での食の学びが社会を変える一歩になる、そんな素敵な事例です。
サスティナブル(持続可能)な取り組みというだけではなく、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしとなった成果にも拍手を送ります。アクティブラーニングを重視し、産学連携に力を入れるフード・マネジメント学科ならではの研究といえるでしょう。SDGsの意識を持つことは、学びと社会を紐づける糸口となり、それらは新たな学びへの扉ともなりうるでしょう。